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[コメント] 女の四季(1950/日)

昔の映画は下層階級を描いてしばしば笑いものにするのであり、ついていけない気にさせられるのだが、本作の杉村春子の微妙な綱渡りは少し違うと思わされる。総体、彼女と若山セツコの住宅難は東宝争議のパロディなのだろう。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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東宝自主制作第1回作品と冒頭表記(珍しいロゴマークが見える)。東宝争議の反映というかパロディというか、撮影所がないとどうしようもないという事態が、住宅難を味わう若山セツコとともに描かれるのだろう。そしてそこに左翼劇団出身の杉村春子が意地悪ばあさん然としているのが絶妙である。

外地で終戦を迎えた引揚者は内地で優遇される、「勤め口はあるはずだ」と巷間云われていたらしい。若山もリュック背負いながらそれを期待しているが、実際は優遇されることはない。以前の職場に潜り込むが住処がない。あてにしていた画家先生薄田研二は駄目で、初日は会社に潜り込むが同様に社屋に泊っている男多数、上司の藤原釜足に頼んで、そして登場する杉村春子。大家がいない二階建を占拠して一階を夫婦に又貸し、二間続きの二階の一間を若山は借りることになる。若山は杉村の姪と偽るという条件がつき、配給は召し上げられる。釜足もハイハイ云っている(この男もブローカーを兼業したりいろいろあると後で判ってくる)から若山も従わざるを得ない。

杉村の活躍が始まる。若山のリュックから米などどんどん頂き、釜足から買った運動靴は玄関からすぐになくなり、権利金替わりと諦めさせられる。洗髪など手伝い打ち解けた処で、杉村はキャラコ抵当で若山から金を借りるが、キャラコは半端モノと後で判明する。杉村は困ったことが起きると頭痛の仮病を使い続ける。

さらに杉村は若山の部屋を近藤宏に貸してしまい、杉村の部屋に荷物が移動される。若山は絵描きなのに絵が画けない夜を過ごす(映画が撮れない、ということなのだろう)。杉村はさらに千石規子とその男にも隣を貸すという無茶苦茶をして、若山は近藤と並んで寝る羽目になり、杉村は階段下で寝ることになる。若山は「引揚者の私を追い出すんですか」と泣くが無力。新しい借家に移りたいが権利金が高くてどうしようもない。米貰いに実家に帰ると父の渡辺篤は家を取られていて姉の中北千枝子が泣いている。持って帰った米は杉村に取られる。そうしてついに家主の宮口清二北林谷栄の夫婦が外地から帰ってきて、補償金もらって全員が追い出される(若山の補償は杉村が貰ったという大笑いのオチがつく)。

若山はやたら可愛く、アプレゲールという凄い名前のキャバレーの壁画画くバイトで池辺良と知り合い、脚立でシーソーする件がとてもいい。ふたりともシャイム・スーティンの画を理想にしている。池辺は転勤で地方へ二年ほど行くことになり、彼の部屋に移らせてもらえる、やっと巡ってきた若山の幸運(転勤から戻ったら結婚という将来も仄見える)。そしてここからが本作の本番、行き先のない杉村が荷物抱えて池辺の家にやって来る。「あんたのきれいな心を思い出したのよ」。

追い出す若山。池辺の母の東山千栄子が給仕に部屋にきて、お食事は二人分かと思っていたと云う。若山はそれ聞いてはっとして(この気持ちがよく判る)追いかけて、駅前(北澤駅とある)の路地で座り込んでいる杉村を見つける。居酒屋に連れこみ食事を頼み、杉村は焼酎を飲み、若山の払いだと云う。若山は云う。「私がお婆さんをどれほど軽蔑しているのか判っているの?」杉村は応える「人の軽蔑で生きているんだ」生きていたらまた会おうぜと杉村は駅階段に消える。

しかしまた戻ってくる。ラストは再び下宿に現れる杉村。豊田はこういう、ラストの分岐点で、どちらか一方にするのを決めかねて躊躇しているような演出をすることがたまにある(『男性飼育法』の小林桂樹と水谷良重など)。本作はこれでいいのだと思った。若山が杉村を泊める、追い返すか。答えは観客に委ねられた。

原作は丹羽「かしまの情」。八住は、原作に忠実であろうと努めた、市井の現実を描いてあますところがない、と宣伝広告に書いている。だから東宝云々より市井の現状を描いたと云っている。当時の新宿駅の光景が収められているのも美点。階段があるから南口だろう。路上にはまだ瓦礫の山が見える。ここで杉村が寿司を売り始め、やくざに蹴とばされる。甲州街道らしいその道路から長い石段を下ると左に線路、右に平屋の住宅群がある。70年代にはこの辺りに森崎映画で新宿芸能社が建てられたのだろう。モノスタ。

(評価:★5)

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