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[コメント] 必勝歌(1945/日)

坂口安吾「堕落論」冒頭に引用される♪醜の御楯といでたつ我は はこの主題歌の歌詞、というのが個人的に発見。本作の、お国のために回収される空疎な善意の蔓延を観れば、お前ら堕落せよと云いたくなるのがよおく判る。安吾ファン必見。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







♪ 必勝歌

今日よりは顧みなくて大君の 醜(しこ)の御楯といでたつ我は

ああ防人の昔より 御民(みたみ)我等の雄心(をごころ)は

皇国(みくに)の護(まも)り富士が嶺の 千古(せんこ)の雪とかゞやけり

冒頭の宣戦の詔勅は昭和天皇により読まれているようだが、国民は終戦詔書ではじめて昭和天皇の声を聞いた、とはよく云われる話と思うのだが、それ以前に機会があったということになるがどうなのだろう。紀元元年の社から紀元2601年の対東亜戦争へ極めて大雑把に「皇国」の歴史が描かれる。

戦場で佐野周二の温情隊長が、子供のような部下に故郷の思い出を順に披露させ、次の攻撃命令があるまで今から故郷へ帰ってよろしと許可を出す。兵が思い浮かべる田舎の光景。ラストもここに戻るというオムニバス。この作劇は面白い。こんな温情上官、稀にでもいたのだろうか(佐野は軍隊経験者)。軍は映画観てこの佐野のように温情が大事だと通達を出すべきだっただろう。

以下は兵たちの地元の想像と回想。佐野の線に沿って、物語は温情と人情を目標としている。全員がそれぞれの持ち場で体当たりすれば日本は勝つ、と雪かきを始める大矢市次郎からしてトンデモ映画の味がある。

女子児童の集団登校で元気よく合唱される歌は「比島決戦の歌」(西條八十・古関裕而コンビ)♪いざ来いニミッツ・マッカーサー、出てくりゃ地獄へ逆落とし 唱和する小杉勇の組長もこれはコメディだと補足しているのだが、子供使って弱った演出だ。ギャグで敵にマウンテングしようというヒステリックなニュアンスがある。当時の厭戦気分に対抗しようとすればヒステリーしかなかったのだろうと思わされる。

あとはありふれた話が続く。長門裕之の航空兵志願とか、召集兵との結婚を決意する高峰三枝子とか、酔っ払いの三井弘次の無礼を許す温情将校の高田浩吉とか、短尺で深みはなく類型的で寸劇としても大したことがない。病院から滑り台使う珍しい空襲からの退避に続いて、国民学校のお遊戯披露。空襲などへっちゃらだと余裕を見せているという趣旨なのだろうか。国策の植林奨励歌「お山の杉の子」が唄われている。病院船「ぶゑのすあいれす丸」轟沈に係るアメリカ告発の記録だけは貴重かも知れない。

最後はひどい。特攻兵の遺族に酒振る舞って偉そうに作戦の自慢している将校たちは顰蹙もの(この五分刈りの上司は何て俳優だろう)で、お前らが先頭に立って特攻してみろと思う。遺族の爺さん連中も手拍子で合わせているが、子供の死んだ話聞いて喜ぶ親がどこにいるものか。映画は温情と人情を悪用している。こんなひどい件はそうあるものではなかろう。この最後の件で映画は最悪になった。ひょっとしたらこれは、私のような感想を判っていて作者が潜ませた告発かも知れない。

監督分散システムは初期のホークス映画などにもある方法で要するに製作者主導なのだろうが、マキノ満男にそんな悪意があったとも思われずたぶん中継しているだけ。犯人探しは今となっては虚しい。

(評価:★1)

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