[コメント] 敵機空襲(1943/日)
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空襲の啓発映画を撃ちてし已まん軍隊が提供するのは面妖な事態だろう。この云い訳にぎこちなく尺が使われる。飯田蝶子曰く「アメリカがいいガソリン開発したんだって」というのは何だったのだろう。河村惣吉の、空軍だって撃ち漏らしはありますから少しは被災するのは仕方がない、そこが私たち町内会の出番です、という説明が長々ある。
なんと都合のよい塩梅の予測だろうと思わずにいられない。悪名高き国防法の被害予測もこんなもので、現実は想定外だったのだろうか。軍とか軍事評論家とかの想定を信用するとこうなる、という教訓劇としか見えない。空襲の主原因であるサイパン陥落は翌44年7月、と想定できていたのかいなかったのか。
そして町内で防空演習。井上さんの屋根に焼夷弾落下、真っ先に屋根に上るのは何とモンペ姿に頬かむりしたご婦人たちなのだ。彼女らがまず筵を不発弾に被せる役回りで、そしてバケツリレーが始まる。焼夷弾が爆発したらご婦人は死ぬではないか。何を考えているのだろう。
防空壕では危ないからと、民家の畳を上げて穴掘りも始まる。この光景は色川武大も私小説に父親の奇行として書いていた。家が焼けたら丸焼きになると思うのだがなぜ誰も気がつかないのか不思議だ。掘削作業のバケツリレーで飯田蝶子が物干し竿伝わせるショットが笑える。名優の無駄遣いである。
クライマックスの空襲シーンは大迫力で全く洒落にならない。何が撃ち漏らしなものかと思う。特撮担当は意味も判らず派手に撮ったのだろうが、この描写は最悪である。
土地ブローカーの山路義人が地主の斎藤達雄に云う「空襲で土地の値段は下がる一方。売るなら今のうちですよ」という口説き文句にはなるほどと唸らされる。こういう「個人主義」は否定される全体主義映画の典型である。詰め込むように撮られた三角関係のメロドラマ、ラストの路地に佇む田中絹代のフルショットは虚しくも美しい。ここは誰の担当だっただろうか。
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