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[コメント] 嘘をつく男(1968/仏=伊=チェコスロバキア)

マリエンバート』の主題が突き詰められ、客観性を担保する足場は次第に相殺され、映像と科白が自らの正当性を主張して対立する瞬間が錐揉み状態で継続し、しかも単純に面白い。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







ボリスは転落死した、俺はいつまでも看取っていたんだとジャンは云い、同時に転落したポリスを見捨てて去るジャンの映像が流される。「嘘をつく男」なのだから映像が本当なのだろうか。タイトルが偏っている嫌いがあるのだが、しかし続いてジャンが並べる理屈は科白のほうが正確なのではないかとも思わされる。映像と科白はこの辺りから対立を露わにして訳が判らなくなり、ついにはボリスとジャンとは何なのかも抹消される。

カフェの女給(無茶苦茶可愛い)が三人の女を狂っているのよと告げるとき、もう信用できる人物はどこにもいなくなってしまう。これはシュールな事態だが、例えば高齢者しかいない限界集落で痴呆老人が人口割合の過半数を越えたら、こんな事態は日常茶飯事になるのではないか、と思えばリアルな事態だったりする。

こうして客観性が放棄された結果、局限で映画はトランティニャンの独演舞台のようになり、箆棒に巧い演技は銀熊賞も当然というのとは別に、狂った人の佇まいはこのように名優の演技に似ているものだと思わされる。

レジスタンスの疑わしさという主題は重い。カトリーヌ・ロブ・グリエが通り抜ける木と有刺鉄線でつくられた関門がリアル、チェコの俳優であるイヴァン・ミストリークがカフカに似ているのも感慨がある。リアリティを抽象により雲散させた末に、生々しい歴史が浮上している。

撮影美術も極上。転落を予感させる斜めに傾いだバルコニーが抜群。ベストショットはトランティニャンが扉を開けたら目隠し隠れん坊を続ける三人の女と遭遇する件。

(評価:★5)

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