コメンテータ
ランキング
HELP

[コメント] バルトの楽園〈がくえん〉(2006/日)

良心的な映画で、『大いなる幻影』観て映画を志した世代はこういうの作りたかったのだろう。しかし昨今の「教科書に書かれていない」「いいこともした日本人」の文脈にすっぽり収まるキナ臭さは如何ともし難く。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







OP「第一次大戦の戦火は瞬く間に東アジアにまで飛び火」「青島では5千名のドイツ兵が連合国を相手に立て籠もっていました」「ドイツの敗色が濃くなったのは、日英同盟によって日本が参戦し、約三万の大軍を送り込んで来てからです」。いい加減なコメントで、実際はイギリスが全面戦争を渋り、中国が局外中立するのにも関わらず、日帝は山東半島のドイツ利権獲得のために突進している。

ドイツ兵捕虜4700名。日本各地に分散収容。久留米は大戦で1800名の被害を出しており、ドイツ兵は脱走すると熊の罠にかかって捕まり、住民に息子ば返せと石投げられている。ハーグ条約(うち海戦ニ於ケル捕獲権行使ノ制限ニ関スル条約)が説明されてから、捕虜の分際、お前ら降伏した卑怯者と鉄拳振るう板東英二の収容所所長は勉強不足という感想が引き出される。

そして二年後、収容施設削減で徳島の坂東に回されたら、やたら待遇がよくなる。鬚剃らない松平健の収容所長の方針を、映画は会津藩出自に求めている。「これは武士、いや会津人としての誇り」。敗残兵へのシンパシーが語られて回想。父親は藩士、女子供も薙刀で突撃して射殺されるショットがあり、「生き残った者も悲惨だった」と追いやられた斗南開拓地、一族で雪の森のなかで粥啜り、木の根を齧っている。後者を描写する映画は始めて見た。サルは餌のない冬季にそうするらしいが、酷いことだ。

マツケンは捕虜を信頼したいと語る。「信頼されれば人は信頼に応えようとするんじゃないか」。これは普遍的に正しい。しかし、会津の我々を支えていたのは会津人の誇りだった、敗戦は悲惨だがドイツの誇りを持てとドイツ人を励ます。そういう世界があるのは理解できるが、限界があるだろう。それは作品のなかでも晒されており、混血の脇筋ととても馴染みが悪いのだ。中盤盛り上げる、青い目の混血の娘大後寿々花がとてもいい分、会津とドイツの誇りの主題は雲散している。彼女はパン屋志望の青年に引き取られる。

「いつまでたっても会津は会津だな」と少将の泉谷しげるは、贅沢させていると予算削減。これをチクった阿部寛も会津という対立軸。維新から50年、会津人への差別が残っているが、だから立派な軍人になりたい、ドイツ人に憐みをかけるのは筋違いと語り、「規律が乱れる」と処罰、「騒動を起こす」と展示会の中止を主張するのは入管のエートスのようなものだろう。彼も改心する定型ドラマ。

ときに、なんで捕虜はさっさと本国に引き取らせないのだろうと思っていたら休戦条約の貼紙。提灯行列と戦争で息子を亡くした平田満の涙、ブルーノ・ガンツの青島総督はウィルヘルム皇帝の退位と亡命を信じず「死を選ぶはずだ」とまるで日本兵みたいなこと云って呻いて拳銃自殺未遂。この辺りも定型だが興味深い。

「所長は技術を学ぼうとしている」と音楽のほか、器械体操やパン焼きも教わっている。クライマックスの演奏会は弱かった。マツケンの自転車が下手なサイレント風古典的ギャグ(交差点で一度降りて方角替えるなど)が好ましく、ドイツ兵との逢引きから千代紙まき散らしながら逃げる中山忍のショットが可憐でいい。

(評価:★3)

投票

このコメントを気に入った人達 (0 人)投票はまだありません

コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。