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[コメント] 秋刀魚の味(1962/日)

自己模倣の縮小再生産。酒呑んでいるシーンが2時間中1時間はあるのではないか。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
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冒頭の工場の煙突のエンプティ・ショットは、戦前の『東京の女』ほかの自己引用なのだろうか。どういう含意で使ったのだろう。戦前の傑作群は当時興った松竹ヌーヴェルヴァーグと類縁性がある訳だが、もう小津は全然別の立ち位置にいる。

中華料理屋を「チャンソバ屋」と呼ぶのは一般的だったのかどうか。まあそのくらいの神経なのだ。オオシマなら東野英治郎をどうするかを主軸に映画を組み立てる処を、小津は「ああなっちゃおしまいだ」で済ませてしまう。非情なものだ。喜八ものの人情からは隔世の感がある。労働のシーンは東野だけが受け持ち、他の男連中は笠智衆がハンコ押している他は酒ばっかり呑んでいる。殆ど貴族社会である。元生徒たちが宴席の後、貧乏している東野へ金集めて寸志だと渡す訳だが、こんな非常識(記念品にしないのを東野は有難がるのだった)がまかり通るのは封建制の時代の感覚じゃないのか。

こんな非情な下らない世界は秋刀魚の味がするということか。軍艦マーチは戦後もいつまでもパチンコ屋で流れていたのだから、私らの上の世代の感受性に響くものがあったのだろう。「大本営発表」「帝国海軍は今明5時30分、南鳥島東方海上に於いて」「負けました」。笠は寂しそうにしかし微笑みながらこの隣客の冗談を聞く。戦争に「負けてよかったんだ」と加東大介を諭す笠にとって、敗戦は岩下志麻が振られて見合い相手と結婚するのとパラレルだ。禍福は糾える縄の如し、秋刀魚は肝辺りが苦いが体にいいということか。その先に高度成長、佐田啓二のゴルフクラブがあるというご認識なのだろう。

本作の見処はそれぐらいだ。他は全編自己模倣の縮小再生産に過ぎない。岡田茉莉子三上真一郎を除いて各俳優の造形は生気に欠け、表層批評のフォルムとして見るなら面白いかも知れんが、私には演出力の低下にしか見えない。岩下など気の毒に木偶の棒なばかりで見せ場というものがないし、杉村春子も便利に使われただけだ。あれがオイチャンの遺作では可哀そうと野田高梧は云ったが、その通りだと思う。

(評価:★2)

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