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[コメント] 母の曲(1937/日)

特高でイジメられたヤマサツは本作の監督だと知れると釈放された。取調官は本作が大好きで、あんな映画をどんどん撮れと励まされた(!)由。元祖母ものの本作だって階級差の物語なのだが演出は師匠のナルセ好みで、ヤルセナサが炸裂している。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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元祖母ものと位置づけられるメロドラマだが、英百合子の柔らかい造形は三益愛子のべらんめえ調とは別の良さがあり素晴らしい。野卑を現す断片の数々。紅茶の呑み方、沓掛時次郎、ばらけた歩き方、ばらけた笑顔、相手によって振る舞いがさっと変わる身についた処世術。素性を知られ、「女工上がりでいらっしゃいますからねえ」、娘の原節子の結婚に困るだろうと噂され、失踪する。

留守宅に来る競馬のノミ屋三島雅夫がいい。英の昔の男。やたら手鼻かむ無精鬚の愛想のいい造形。「俺たち下の世界の者は上の奴らとは気が合わねえ。世間ていう煩いものもあるしな」。路上でPTA仲間の丸眼鏡の伊藤智子に見つけられ、英が留守宅に男を連れ込んだとご婦人連の噂が飛び交い、電話口のオバはんたちに喜劇的なズームアップが見舞われる。ナルセも初期はこれしていたものだ。

この婦人連に差し止められて誰もこない娘の誕生パーティで、英が慣れない挨拶の練習し続けているのがいいギャグ。動きまくるキャメラで強調されるバースディケーキは丈が高くて美味そうである。女学生仲間にシカトされた原は、三島に二度とこないでと云って泣く。波乱を想定済の三島は手鼻かんで邸宅を後にするのだった。

別れを切り出そうとする英をあらかじめ笑い飛ばす、だいたい全部知っている健気な原。笑顔いっぱいの中に陰翳をつける造形は後の彼女の十八番になった。本作でもこの陰翳にいいものがある。そして英の書置きが泣かせる。「桂子 母さんはこのうちにいるのがいやになったのです。桂子さよなら。おやつはとだなの中にあります」。競馬のおじちゃんと近所の子供が呼ぶ三島の処へ。原の結婚式、車で出て行く(新婚旅行は当時あったのだろうか)原を物陰から見送る英。雨のなか車に轢かれかけるショットはよく撮れていて哀れが印象に残った。

しかし、英が育ての母なのに原があんなに上品なのはなぜだろう。家に召使が揃っているような描写はないので不思議な気がした。『ステラ・ダラス』の翻案と云われ、事実そっくりだが、その場合、原作者の吉屋信子(婦人倶楽部連載とタイトルにある)は何をしていたのだろう。ハイソ生活は箱根の湖畔で強調されている。芦ノ湖は当時のハイソ映画にやたら登場する。いつも家にいない役立たずの父岡譲二は戦時中につき洋行先はドイツ、帰国してすぐ満州の熱病研究に奉天へ移動指令。入江たか子はついでのお飾りのような役処、彼女の父は子爵で、こういう振る舞いこそがハイソなんだろう。何が「母の曲」だったのかよく判らなかった。コメントは監督の自伝による。

(評価:★4)

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