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[コメント] 鉄砲玉の美学(1973/日)

この腰砕けな展開の素晴らしいこと。凡百の「胸のすく」ドラマを転覆させて殆ど純文学。増殖する兎に喰い尽くされる精神において『仁義の墓場』(75)と正に兄弟作で、肥えた吉行和子みたいな森みつるが印象深い。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







鉄砲玉に暴れさせて殺されてそれ口実に南九州制覇を狙う遠藤辰雄(声だけ)に指名された渡瀬恒彦、百万円とハジキ貰って日の丸ついたジャンバーからスーツに着替えて宮崎入り。どうやって暴れるんだろうと期待が高まるのだが、これがだんだんすっぽ抜けの尻すぼみになる。バーに入って「この辺仕切ってるんはどこのチンピラや」。ビビりながら豪遊して因縁つけて、今日はこれぐらいとホテルに帰ると組から電話「ズバッといかんかい」、組のスナック教えて「綾つけて二三発ぶっぱなせ」。その通りにしてマスターに因縁つけると小池朝雄が出てきて平謝りに丸めこむのだがこれが上手い。

小池の手下で渡瀬を見張っていた川谷拓三は、渡瀬の態度に我慢できなくなって襲いかかって血まみれになり(この裏通りの乱闘だけはヤクザ映画の本流でよく撮れている)、渡瀬は彼にかつての自分を見てやる気がなくなる。渡瀬の回想も味がある。トイレにファックの落書しているコック時代。冒頭の、トルコ嬢させている森との鉄砲玉直前の喧嘩も情けなさに味がある。「お前はオトコのマラ咥えとったらええんじゃ」。仕方のない男である。

そして以降は杉本美樹を含む、とっかえひっかえのオンナ遊びに終始。その間に小池の組は巨大組織と話つけ、渡瀬に指示した遠藤の組は進出諦める。組から催促の連絡が途絶えるのが不自然な時間帯が続くのだが、そんなやり取りをしていたのだった。結果、渡瀬はホステス遊びをしていただけの道化と相成った。ということで、指示母体が方針転換して宙ぶらりんになる指示された者という物語構造のバリエーション。渡瀬はやって来た森に噂聞いてこれをはじめて知り、「戦争終わり、帰ってこい」と電話があり、乱痴気騒ぎを企画するが誘ったホステスはもう誰もこず、強姦現場見て強請るパリ行きの碧川ジュンの件はどうでもいいようなものだが、森への当てつけのように彼女を誘うと警察が待っていて、撃たれて逃走、日の丸掲げる自衛官募集の看板の前でコケて、廃車置き場で延々泣いている長い長いショットがとてもいい。遺体が神の降りる霧島行きの観光バスで発見される収束がなぜか『初国知所之天皇』(73)と呼応している。

タイトルバックはステーキなど喰らう赤い唇の局部アップとパッカー車のゴミ収集。収束は人参喰らう成長した兎の増殖。兎は渡瀬の路上売りする商売道具で、余り餌を与えず飼っていて、渡瀬がフライパンから直接焼きそば喰らっている横で小兎がキャベツ喰らう哀愁の件、「大きくすると売れないんだ」「可哀想じゃない」と森とやり合う件があった。飢えて金になり、肥えて役に立たない兎。遣る瀬無い世界が見事に象徴されている。♪フザケんじゃねえぞ いつかブッとばしてやると連呼する頭脳警察「ふざけるんじゃねえよ」がアブレ者気分を虚しく示している。

(評価:★4)

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