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[コメント] 男の償い(前編・後編)(1937/日)

吉屋信子怒涛のメロドラマ。この遺産の再生産で昼メロは何十年と生き長らえたが、やはりメロドラマは旧民法下の家制度でこそ殺伐感がリアル。総集編しか現存しない『愛染かつら』より松竹大船の実力をよりよく伝えているだろう。
寒山拾得

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フィルムが前後篇残っているのはやはり、人気がなくて総集編がつくられなかった恩恵ということなんだろうか。平均点以上のメロドラマと思う。汽車でミカンが転がり田中絹代との出会い、当時はバスが通わぬ温泉街などあったのだろうか知りようもないが車に同乗、「宿はあるでしょうか」「私の家は宿屋なの」の畳みかけるようなご都合主義が素晴らしい。温泉卓球のデート。新婚旅行の行き先を汽車のビュッフェで相談しているが、当時はそんなものだったのだろうか。

良いショットが幾つもある。佐分利信との結婚破棄を伝えに来た仲人の葛城文子の車に追いついて別れないと告げる絹代の窓越しのショットが美しい。武田秀郎のお父さんがいい味だしており、「多額納税者」の大山健二と結婚しちゃう桑野通子は彼女らしい役処。佐分利と絹代にそれぞれ振られた桑野と夏川大二郎が結ばれると面白かっただろう。それでは悲劇にならないが。

奉公人でお嬢さんを慕う無法松タイプの夏川大二郎こそメロドラマになくてはならぬ人物で、絹代の窓の下でハモニカ吹くのがいじらしく、川に投げ捨てるハモニカは哀しく、絹代の不始末処理を告げる吉川満子(佐分利との子供の親になれという)の話を物置部屋で聞かされるショットは苦しい。新館の火事の救出は火の勢いが凄くて箆棒だし、盲目になり川に溺れるノンスタントのアクションは驚きがある。こういう人物は引きつけられる。

河村黎吉のトンデモない兄貴もメロドラマ典型で、満州に行くのは「山っ気の多い野心家」と弟の佐分利に批評させている。金塊積んだ沈没船の引揚なんてペーパーカンパニーの詐欺かと思いきや事務所構えているのが面白い。戦前のトンデモ記事などこんな出所なんだろうと思わされる。「ビールは酒じゃないんですよ」なんて科白がリアル。唆されて金渡す絹代主観の、金庫へのズームショットがすごい。

作劇は、俗物をみると正論云って凹ませずにはすまない学者の佐分利信をジレンマに追い込み、しかし最後は彼の理想主義を掬いあげるのだろう。亭主を失い精神病院に入る絹代、とは当時の常識が垣間見れる処で、精神病をロマンティズムに落とし込むのには抵抗を覚えるが、少なくとも精神病への差別意識がないのはあらまほしい処と思う。しかしやはり、最後まで辿ってみて、いちばんいいのは冒頭の岡村文子飯田蝶子のくしゃみ合戦と気づいたりする。

(評価:★4)

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