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[コメント] 明治一代女(1955/日)

この演出は怪談、男女逆さの『四谷怪談』だろう。振った男の怨念は生きながら既に怨霊。彼に惚れられるのは罪なのだった。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







木暮の母親役の浦辺粂子が印象的。これほど取り乱す彼女の演技を見たことがないように思った(大抵はマッタリしているし、感情は表しても『稲妻』などはもっと抑制的だ)。彼女が鯛の尾を切り落とした出刃包丁で凶行はなされる。物語とは関係なく、出刃で鯛を切った行為が罪なのだというニュアンスが映画からは伝わる。凶行は鯛の復讐だったように見える。だから浦辺はあれほど錯乱したのではないだろうか。彼女は自分が原因をつくったと思案したように見える。

お梅の木暮の、北上弥太朗田崎潤との二股を道徳的に難じても仕方あるまい。興味深いのは、全ての関係にカネが介在することだ。田崎から木暮への養育費とか、木暮から北上への襲名の幕の寄付とか。贈る側は見返りを求めていないが、贈られる側には圧迫を与える体のものだった。

木暮を出刃で襲う木暮の件が素晴らしい。三年待ったと嘆く田崎。懐から落ちてしまう出刃。叫んでしまう木暮。雨が止んで突風になり、泥で滑る橋(『酔いどれ天使』のペンキの影響かも知れない)。投げつけて空を飛ぶ番傘。大柄の木暮はこのシーンのためのセレクトでもあっただろう。早回しのコマ落としのような微妙な効果がつけられている。気がつくと手にある出刃。そしてデンデン太鼓の日蓮宗の一行が背中向けて現場を取り囲む。

杉村春子の嫌味はハマり役だが終盤登場させないのは周到。冒頭清元を踊る彼女の娘役の藤木の実はすごい可愛い。この舞と木暮の三味を無視して宴席の軍人は剣舞を始め、荒れた世相が示される。英語の勉強が好きで、木暮に自首を勧める理性的な弟役の井上大助は際立った存在感があり、彼も不吉な予感のなかにいた。三島雅夫の竹村健一のような禿頭は彼のバカ造形のなかでも傑作だろう。

花井お梅の実話(明治20年)による物語で、河竹黙阿弥が歌舞伎にしたりしている。映画化も戦前より多くある由。

(評価:★5)

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