コメンテータ
ランキング
HELP

[コメント] 幸福のスイッチ(2006/日)

大雑把なタイトルとは裏腹に、実に細やかで血の通ったホームドラマ。
林田乃丞

 たとえば妹が修理しているビデオデッキに本当にテープが絡まっていたり、軽トラの荷台に洗濯機を積むときのロープの縛り方だったり、そういう細かい部分を蔑ろにしない演出がすごくよかった。こういうディティールでの「嘘の排除」の積み重ねが人物にリアリティを与え、ドラマに血を通わせるのだろう。とても大切なことだと思う。

 ストーリー全体としても、登場人物それぞれが互いに影響を与え合って心が変化してゆく様を丁寧に追っているので、物語を観たという充足感がある。また、全体的にほのぼのとした中でも、父の浮気疑惑に関して3姉妹が薄明かりの下で語り合うシーンには向田作品を彷彿とさせるような緊迫感がうっすら出ていたし、感傷的になりすぎない展開も好みだった。

 と、いいところばかりの映画なのだけれど★5をつけられないのは、やはりどこか突き抜けていないというか、全体的に丸く丸く収めたという印象も拭えないのは確かで、時おり拍子抜けするほど凡庸なショットがあったり雷が来たときのシーンでテンションが上がりきっていなかったりという部分では不満も残った。爆発力がないというかキレがないというか、安心して楽しめるものの画面に引き込まれるような強烈な映画体験というわけにはいかなかった。

 とはいえ、基礎体力は相当に高い作家の登場と思う。劇中、商業と芸術の狭間に揺れるイラストレーターを登場させた安田真奈自身が今後どちらへ向かうのか、楽しみに追いかけたい。

(評価:★4)

投票

このコメントを気に入った人達 (3 人)movableinferno[*] sawa:38[*] 水那岐[*]

コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。