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[コメント] 探偵スルース(1972/英)

二転三転する展開が全て予想の範囲内なのが決定的に痛い所だが、それでもこの長丁場が飽きないのは見事。屋敷の中で二人きり、が延々と続くのに息苦しくなっていないのは、広い屋敷を縦横に用いたり、適度に屋敷外を利用する、という空間演出の賜物だ。
煽尼采

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







身分の高貴さを鼻にかけるワイク。妻の浮気相手を、身分違いだと言って小ばかにし、宝石で釣って、ピエロの格好をさせた上で精神的に平伏させる、という、何とも底意地の悪い男。彼の職業が推理作家で、その生み出した探偵は「ナントカ卿」という、これまた貴族らしき人物。冒頭の場面でワイクがテープに吹き込んでいる小説の文章の中でも、このナントカ卿は警察に対して高飛車な口のきき方をしている。まさにワイクの分身。ワイク自身、現実の警察をもバカにしている。「推理小説は高貴な精神の遊び」とか何とか言いながら、現実の人間であるマイロを犯罪的なゲームで手玉にとる。

映画の序盤は、こうしたワイクの性格を紹介して、マイロとの立場の対照性を描くのが主眼だったと言えるだろう。そして、映画の終盤は、この勝ち組負け組の構図に一つの決着をつける、という形で、筋書き全体が構造的に計算されている点はまず見事。

だが、この映画の最大の売りである筈の、脚本の二転三転は予想の範囲内。大きな展開は以下の三点だったが、これが別に意外でも何でもないのがかなり致命的だ。

まず最初の、二人が共犯関係から騙し騙される関係に転じる箇所。ワイクがマイロに対して、「若くてイタリア系で青い眼の色男」と、自分が金や名誉を以てしても持ち得ない美点の持ち主である事を羨んだり、強盗が入ったと見せかける為に屋敷内を荒らした際の、妻の寝室を「裏切り者」と罵りながら執拗に荒らす様子からは、やはりマイロに恨みを覚えている事が感じられ、結果、ワイクが拳銃を手にした辺りから、マイロを陥れる事は薄々察知できてしまう。

刑事が登場した際も、主役級であるマイロの途中退場という不自然さや、既に台詞で語られていた、彼が美容師であるという事、序盤でマイロはワイクに変装させられていたという事(つまり同じく変装でやり返すであろうという予測が生まれる)、序盤で既に明らかとなった、意外な展開が売りの作品であるという事自体から、刑事が変装したマイロである事は、登場して幾らも経たない内に予想出来てしまう。ここでは、マイロを撃った銃が空砲であったのか、それとも刑事が言うように実弾入りであったのか、で観客を混乱させる意図があった筈だが、それが見え見えなのが空しい。

マイロが嘘と変装を明らかにした後、ワイクの愛人を絞殺したと告げる展開も、一度嘘をつき通した後、その「嘘」のゲーム性を否定する形で現実の殺人が告げられる事で真実味を出そうとしているのがまたすぐに分かってしまうので、ワイクが電話で第三者から愛人の死を聞く場面を見ても、その電話の向こうの言葉を素直に信じる気になれない。

とは言え、マイロが第三者を仲間として抱き込んでしまう事には、彼の人間的な魅力や(美容師という、接客業である事も効いてくる)、ワイクがその傲慢さによって他人から愛されない事を推測させ、単なる虚々実々の駆け引きというだけに留まらないドラマ的な奥行きが見える。

劇中、幾度となく挿み込まれる、屋敷に置かれた夥しい生命無き人形たちや、妻の肖像画の視線の短いショット。これらが、ワイクの持ち物、しかも高価なアンティーク風である事で、彼の財力、マイロに対する立場の違い、自らのテリトリーに囲い込んでいるという優位な状況が感じ取れる。だがそれは、ワイクの孤独の象徴でもある。だから最後に、これらの視線が素早いショットで矢継ぎ早に映し出されるシーンでの、パトカーのランプという「現実」が加わる演出の強度が生まれる訳だ。

冒頭の迷路でマイロの前に何度か現れる彫像、ワイクが秘密の隠し扉を開いて初めてマイロがワイクの居場所に辿り着く、という構図は、既に物語の構造を予告していたと言える。

この物語を一見すると、終幕辺りまではワイクが一方的な勝ち組のようにも見えるが、他人から愛されず、屋敷の外の愛人たちからまで騙される彼は、或る面、人生の敗者とも言える。そして、この面では逆に勝ち組であるマイロもまた、それを利用してワイクを徹底的に痛めつけた報いを受けるように死ぬ。対照的な男二人の、それぞれの罪と罰。

(評価:★3)

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