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[コメント] 南の誘惑(1937/独)

岩のある海辺の大俯瞰。クレジット後、ティルトアップしながら右へパンすると、台場がある(大砲が見える)。さらに少し上昇しながら右へ移動するので、クレーンショットだったことが分かるのだ。
ゑぎ

 断崖上の広場に人が集まっており、楽団が見え、女が歌い出す、というオープニング。素晴らしいシーケンスショットだ。もうこの冒頭から魅了されてしまう。主人公(ヒロイン)のツァラー・レアンダーは、口喧しい叔母さんと二人旅をしている。場所はプエルトリコ。郊外の闘牛場で、土地の名士、ドン・ペドロと出会う。レアンダーが落とした扇子を、ドンペドロが拾って持ってきて開いて渡す。それは、愛の承諾のサインだと云う、映画的な物の授受の儀式が描かれる。

 翌日の出港、スイスへの帰国のための乗船のシーン。波止場では、民族音楽のハバネラが唄われている。レアンダーは、この音楽に、あるいは港の風に誘われるように、叔母を置いて一人船から降りる。見送りに来ていたドン・べドロと波止場でのキス。続いて、結婚式で教会から出てくる二人が繋がれるという、この場面展開も驚きがあって実にいい。また、ウェディングドレスがゴージャスなのだ。

 さらに、場面繋ぎで驚愕させられたのが、10年後へ時間を経過させる処理だ。新妻のレアンダーに対してドン・ペドロの乳母が敵対心を持っている、という状況を示した後、レアンダーがプレゼントした指輪を、乳母が窓から捨てるカットがあり、繋げて、窓外にストックホルムの雪降る景色のカットが来るのだ。しかも、窓から後退移動する。この後、冒頭の叔母さんが登場し、科白から10年経過したことが分かる。冒頭は1927年。ここからのメインのプロットは、1937年を舞台とする。

 10年経過したプエルトリコの最初のシーンは、ドン・ペドロがレアンダーのドレスを裂く場面。二人の関係は完全に冷め切っている。この急展開にも驚かされる。二人には9歳の息子がおり、子が鎹(かすがい)になっている状況だ。また8年ぐらい前からプエルトリコでは熱病風による感染症が流行しており、感染対策と経済活動のジレンマが描かれる。総督(知事のようなものか)とドン・ペドロの息のかかった研究者たちとの結託と隠蔽体質といった描写も興味深い。そして、こゝに、スイスから、レアンダーのかつての恋人の医師ナーゲルが、感染症調査のリーダとして送り込まれ、ドラマが駆動する。

 クライマックスはナーゲルらが、ドン・ペドロに招かれたパーティのシーケンス。再会したレアンダーが扇子を落とし、ナーゲルが開いて渡すカットがあるが、あくまでもさりげなく見せる演出が奥床しい。何と云っても圧巻なのは、レアンダーがハバネラを唄うシーンだ。衣装とヘアメイクも見事で、眉間の横にカールした渦巻きが三つ作られた髪型も衝撃的だが、極めて美しい照明・撮影には、もう陶然となる。レアンダーは、中盤以降、息子と一緒に歌を唄う場面など、彼女のスター映画らしい特別なシーンが与えられているのだが、その全てで、溜息がでるほど、美しく撮られている。

 尚、ドン・ペドロの乳母がもう少し尺を取って描かれるのかと予想していたのだが、中盤以降消えてしまい、残念に思っていたが、ラストでは、きっちりと役割が与えられており、これにも満足感を持つ。エンディングは出来すぎの作劇という感覚も持つが、庭の池を使った画面造型、港と船、海のカットの冒頭との連環など、最後の最後まで見応えのある演出。やはり、聞きしに勝る傑作だ。

(評価:★5)

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