[コメント] リング・ワンダリング(2021/日)
笠松は、墨田区のマンション建設現場の作業員だが、先輩との会話で、漫画の新人賞に応募するのが目標だと分かる。でも、ニホンオオカミが描けない、と云う。笠松が描いた漫画を、実写に転換したシーケンスが2回挿入されるが、最初の転換後のワンカット目で、既に色遣いが抜群、と思う。青系の寒そうな画面。長谷川初範の猟師と村人とのやりとりの演技演出も堂に入っていて驚かされる。
そして、何と云っても、夜の工事現場で唐突に出現する阿部純子の鮮かな造型が、本作の一番のストロングポイントだと私は思う。阿部の科白と科白回しが可憐だ。足をくじいた阿部を笠松は負ぶって家へ送りとどけるのだが、古い写真館で、阿部の父母(安田顕と片岡礼子)と、季節外れのドジョウ鍋を食べる。このあたりの笠松のリアクションは、少々わざとらしくも感じるが、幻想性は良しとしたい。帰り道、神社の御神木の前のシーンで、長い尺を取る演出、時間の使い方が、いいと思う。
また、神社の御神木のシーンはもう一度あり、こゝで渡されるアルバムの中の写真を映したカットには、予想していたこととは云え、ゾクゾクさせられた。このあたりも上手い。
さらに、二度目の猟師−長谷川初範のシーケンス(漫画の実写化部分)の満足度も高い。罠や火薬の商人−田中要次が登場し、富国強兵、北方の国との戦争、などという科白があるので、明治時代だと分かる。長谷川が、オオカミを追って入る山の中のシーンは、目を瞠るショットの連続だ。滝と崖。崖を登る長谷川。滝つぼの上の小さな足場で、片足立ちをするロングショットはどうやって撮影したのだろう。落ちかけた長谷川の手が(を)つかむモノ。こゝも、ほのかに予期していた展開とは云え、なんという鮮烈なカットだろう。この見せ方にも、興奮させられてしまうのだ。
ラストカットは、お茶を濁した帰結と取る観客もおられるかも知れませんが、私は落ち着きの良いエンディングだと感じた。一種のジョークのようなものだろう、温かみのある終わり方だと思う。
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