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[コメント] 螢火(1958/日)

宇治川の水車のカットでクレジット(劇中の科白では、確か淀川と云っていたが)。この水車は伏見の名物だったのだろう。伏見中書島の遊郭を舞台とする、滝沢英輔「廓」より無法一代』(1957)でも、クレジットバックは水車のカットだった。
ゑぎ

 本作は、幕末の二つの寺田屋事件で有名な、伏見の船宿「寺田屋」を舞台とする。なので、薩摩藩士による騒動も、奉行所による坂本竜馬の捕り物も上手く劇的要素として織り込んで見せるが、主人公は女将の登勢−淡島千景であり、彼女とその旦那−伴淳三郎、養女のお良(お竜)−若尾文子、そして竜馬−森美樹の関係が中心に描かれる。

 本作は、最初の寺田屋事件の日から始まる。伴淳は、薩摩藩士の動きが物騒なので、京都へ浄瑠璃の稽古へ行く、と云って外へ出て行く。それを追いかけた淡島が橋の上で一人になるのだが、こゝで凄いローキーの仰角カットがある。この場面から淡島の回想が始まり、彼女の嫁入りのシーンとなるのだ。回想中には、義母−三好栄子や、義妹−水原真知子のイジメ、水原と懇ろの須賀不二夫による「文楽人形詐欺」の場面を挿み、小さなお良を引き取る(養女とする)までが描かれる(ちなみに、お良が養女となる経緯は、小説「竜馬がゆく」などとはかなり異なっている)。

 というワケで、回想開けでは、薩摩藩士たちの斬り合いのシーンとなるのだが、有馬新七−佐竹明夫が、組み合っている男を、自分の背中から差し通せ、と仲間に命じる場面が重要だ。淡島は、この場面を目撃することで、志士の意気に共感する。佐竹の声が、火の付いた赤子のようだった、耳について離れない、と云う。

 そして、竜馬−森美樹が登場し、悉く、淡島が匿ってやるようになる。竜馬が風呂に入り、淡島がカマ焚きをする場面が情感たっぷりでいい。この辺りから、彼女の変化がはっきりする。竜馬を泊めることを怖がる伴淳に、淡島は、それなら京都へ行ったらよい、と云うようになる。冒頭では、心細いから京都へ行くな、一緒にいて欲しいと云っていたのにだ。本作の伴淳も良い仕事ぶりで、神経質で(過度に綺麗好き)、気の弱い、ちょっと吃音のある男を見事に演じている。

 やはり、最も見応えのある場面は、二つ目の寺田屋事件(奉行所による竜馬の捕り物)の日の場面だろう。このシーケンスでの人物の出し入れの見せ方が実に面白いのだ。寺田屋の前の通りから、うかがい見るライバル旅館の三島雅夫から始まって、京都木屋町の伴淳の妾−福田公子の突然の訪問、それへの淡島の応対、馴染み客の三井弘次が泊まりに来、その後、長州藩の密書を持って来る男−尾上菊太郎(?)、寺田屋の番頭−星ひかる(?)らも含めて出たり入ったりする。そして、若尾お良が、森竜馬と一緒に薩摩へ行く、と云い出し、淡島が怒り、親子喧嘩になる。その頃、三島は奉行所に密告する。捕り手たちが宿を取り囲む。風呂場で気づき、窓から見る若尾。若尾は風呂場を飛び出し、二階の竜馬に知らせる(こゝ素っ裸じゃないのは残念)。銃声。

 竜馬が逃げた後、淡島は、若尾が竜馬と一緒に行くことを許すのだ。なぜなら、風呂場を飛び出して、竜馬に知らせたときの声が、火のついた赤ん坊のようだったから、と云う。淡島と若尾は、竜馬がいつも隠れることになっている木場で落ち合う。この木場の美術も凄い。

 さて、芥川也寸志の劇伴は、ずっと不安を掻き立てるような短調のメロディだ。これが町の子供たちが唄う、わらべ歌と重なると、さらに不協和音のように聞こえ、不安が増す効果が出る。ローキー気味の画面と相まって、何とも云えない、ジリジリした時代の空気を醸し出している。五所平之助唯一の時代劇は、やっぱり実に魅力的な映画なのだ。

(評価:★4)

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