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[コメント] 落下する夕方(1998/日)

これは恋愛劇のようですが男女の恋愛だけに焦点を当てた映画ではなくて…愛する人を近くに必要とすることとはどういう状態であるのか−そういう人間関係の力学を時間軸に沿って描写した秀作だと思います.
じぇる

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







まず僕はキャスティングが好きなのです.

父の墓前で浮かない顔の娘(原田知世)に, 「なんかあった?」 と母(木内みどり)の自然な表情.これに画面の上半分抜けるような空の描写.何の文句が付けられますか.この一瞬のカットにすら非常な価値を感じる.美しい.

たくましい女友達,国生さゆり.よく見ないと分からない中井貴一日比野克彦の浮世離れした感じもよい.プロの役者にはこれは出せまい.

脇がよい.主役もよい.クサい台詞も何のその.

そして主題.普通の恋愛を描くなら,断然出会いを描く方が正当で効果的ですよね.でもこの映画ではあえて「別れ」を選ぶ.人はなぜ人を愛し,その人を近くに必要とするのでしょうか.よく言うでしょう,「無くなってみて初めて有難みが分かる」って.だから後者を採る.

気の合う二人が惹かれあえば,すぐさま小さな世界のできあがり.夏の空のかけらみたいな二人だけの世界.It's a small pretty world.たとえばイルムスあたりで買ってきた家具や雑貨に囲まれて,二人だけの時間が流れてゆく.

そう,華子(菅野美穂)はそんな世界をポケットと呼んでいたっけ.

ポケット−心の安らぐ状態−心地よい引力.

恋人を抱きしめることでも,電話越しに遠くの親友に向かって大泣きすることでも,つまり繋がっていられるという安心感を秘めた引力.

 ***

二人の小さな世界を維持するのは悪いことではないと思う.でもいつまでもそこで温々としていられるとは限らない.事件が起こる.でもそれは健吾(渡部篤郎)が出ていった事じゃない.リカ(原田知世)と華子(菅野美穂)が出会ってしまったということ.

全くタイプが違う二人だけど,似たような過去を引きずっている.どういう訳かリカも華子も自分のせいで大切な人を「落下」させ,その後の人生を狂わせてしまったと思い,強く責任を感じている.そして二人ともその本人に長らく顔を合わせることが出来ずにいる.これは設定として多少陳腐な印象もあるけれど,直視すべき現実の象徴と解釈すれば,あの湘南の夕暮れの次に来るステップに決定的な分岐点がやってくることは容易に想像できるわけで・・・何せ二人は三角関係の頂点ではなく,実は同一人物の裏と表であるわけだから.

結局華子は居場所を転々とした挙げ句,とあるポケットの中で最期を迎えてしまう.

最終的にリカは長年暮らしたポケットから外に出る決心をする.

あえて健吾についてはコメントするまい.

 ***

現実は痛烈な斥力に充ち満ちているんだ.

それを乗り越えて最後にたどり着くポケットが,ほら,あの老夫婦.

頑張ろうぜみんな.人生,山あり谷ありポケットあり.

 ***

そうそう,それと引力があるから人も物も落下するんだ.

夕方だって,そうなんだよ.

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僕の解釈も間違っているかもしれないけど,この作品,明らかに誤解されている部分があると感じます.僕は別に江國さんのファンじゃないので彼女を擁護するつもりはないし,わざわざこの映画を人に勧める気も無いけど,このレビューが少しでも鑑賞の参考になれば嬉しく思います.

(評価:★4)

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