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[コメント] アリ(2001/米)

アリの存在感とは、アメリカのサイレント・マジョリティの心の叫びだったのかもしれません。
甘崎庵

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 私にとっては本作を観るまではただ「強いチャンピオン」であり、「猪木と戦ったボクサー」というイメージしか持ってなかったのだが、本作を通して、色々分かったことも多い。

 彼が何故アメリカのヒーローたり得たのか。それは単なる強さでもなければ、パフォーマンスでもない。確かに奇跡のカムバックなど、彼の人生は話題に事欠かないが、一番大切なのは、彼が「アメリカ人」であり続けたと言うことになるのではないだろうか。

 彼はことごとくパフォーマンスと共にそれまでのアメリカの常識というものを突き破る。それはキリスト教圏のアメリカ人が特に嫌っていたイスラム。しかも過激派団体と思われていたマルコムXのネイション・オブ・イスラムに入信したり、あるいは徴兵を拒否したり。これらはアメリカ人にとっては挑発行為であり、非常に嫌がられる行為に他ならない。しかし彼のパフォーマンスは同時にアメリカ人として自由にありたい。という叫びだったし、何より、ムスリムへの入信も、やがてマルコムXとの不和によって脱会。徴兵拒否もやがてヴェトナム戦争への厭戦気分から、彼の行いの方が正しいという認識へと変わっていく。

 彼の存在こそが実はアメリカにいるサイレント・マジョリティの叫びの代弁者だったのではないか。という思いにさせられる。少なくとも本作は明らかにそう言う作り方をしている。

 ここに描かれるアリの姿は、表だってパフォーマンスをかます人物であると同時に、家にいると物静かで、色々とものを考え続ける内向的な人物として描かれている。彼は「自分は何者であるのか」というアイデンティティを模索し、そしてそれを貫いた人物として描かれる。

 それでなるほどと思う。本作の作りは、単なる伝記ではなく、アリという人物を解体して見せようとしたのだ。そう言う意味で狙いは凄く良いと思う。

 とはいえ、本作にはいくつか問題がある。

 一つには、アリの半生を描くとすれば、あまりにも時間を限定しすぎたと言うこと。そのため深みを与えることができず、寡黙な一面を出して性格の複雑さを表そうとしても、それが上手くいかなかったこと。時間的に難しかったんだろうか?そのためか、前半で非常に緊張感あふれた描写が、どんどん退屈になってしまった。

 それと、アリの政治的側面を一切排してしまったこと。ネイション・オブ・イスラムとの関わりであれ、徴兵拒否であれ、これは極めて強い政治性を持っていたはず。ところが本作ではそれらは巻き込まれて否応なく行ったことになってしまい、政治的には無知な人物として描かれてしまった。結果として映画では単なるボクシング馬鹿としか描かれてないという致命的な問題になってしまった。映画の方向性としてはアリの複雑さを描こうとしているようなのだが、結果、逆に単純な描かれ方になってしまった。

 ネイション・オブ・イスラムの問題では、先に『マルコムX』があったため、マルコムXの事をあしざまに描けなかったことも問題だろうか?

 キャラクタは良いし、まあ、あのアリ・ボンバイエで結構ぐっと来るものがあったのは確かだが。

(評価:★3)

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