コメンテータ
ランキング
HELP

[コメント] フィッシャー・キング(1991/米)

どんな作品を作ってもやっぱりギリアムはギリアム。この人が作ると、ニューヨークもおしゃれな町ではなく、ゴミ溜めから月を掴もうと手を伸ばすような所へと変貌してしまいます。それがファンにはたまりません。
甘崎庵

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 『バロン』のお陰でハリウッドからも相当に敬遠されたギリアム監督が失意の中、「完全にプロデューサーの言うことを聞くなら」という条件付けでハリウッド・システムの中で作り上げた作品(実は『アダムス・ファミリー』(1991)もオファーされていたそうだが、ギリアムは「今までの作り方と違うのだから」と言うことで、今まで全く作ったことのないジャンルである本作の方を選んだのだとか)。

 確かに明らかに他のギリアム作品と較べると、タッチもストーリーも“らしくない”というか、はっきり言ってしまえば“異質”とも言える作品なのだが…やっぱりギリアム流のケレン味あふれる話に仕上がっている。

 本作は演出の良さが光るが、むしろ本作は人の精神世界そのものを丁寧に描いた作品と言えると思う。特に主人公ジャックの行動を見ていると、その過程がとてもよく分かる。

 彼はそもそも傲慢な性格だったが、それはおそらく気の弱さの裏返しだった。自分の弱さを見せないために、不特定多数の人間をこき下ろす。あたかも大衆の味方をしているように見せつつ、それは不安と隣り合わせ。だからこそ、攻撃が自分に向けられた途端、全てを投げ出して自分の殻の中に入り込んでしまう(まるで現在のネット右翼みたいだ)。そして極端に内弁慶な人嫌いになってしまうのだが、実はこれこそが彼の本当の姿だったと思われる。

 そして全ての虚飾を剥ぎ取り、弱々しい一個の人間となった時にペリーと出会うのだ。当初ペリーの個性に否応なしに巻き込まれてしまうのだが、最初の頃、ジャックはやはり接触を恐れ、彼ともびくびくつきあっている。だけど、ペリーが実は自分と関わりを持っていることを知った時、ペリーを守らねばならない。という義務感を持つに至る。

 ジャックはあくまで保護者として、義務的にペリーとふれあい、彼の精神治療を行おうとするのだが、実はその時必然的に触れあわねばならなくなる。

 ここが重要な点。彼は癒しを与える側ではなく、実はふれあいを通して癒しを受ける立場にあったのだ。

 そしてペリーと共に精神的な冒険を経ることによって(ここに表れる様々なアイテムも精神的なものとして捉えられる。“赤の騎士”は、不安の象徴として描かれるし、“聖杯”を盗むと言うことは、まさに達成感を得るために他ならない。重要なのはこれらの象徴を通して彼らの癒しが描かれる訳だから、赤の騎士も聖杯も実は本当である必要は全くないのだ)、彼は今までの自分から一歩踏み出した、本当に人を思いやる人間へと変えられていく。当初他人と肌を触れあわせることを極端に嫌がっていたジャックが、肌のふれあいを通して癒されていき、最後にペリーと手をつないで夜空を見上げているのは実に象徴的な出来事であった。

 勿論その過程はジャックだけではない。ペリーも又、ジャックの成長に従い癒されていく。むさ苦しい男二人が触れあう事も又、重要な事なのだ。

 傷つくことを極端に恐れる人間だったから、それを超えることによって、本当に優しさを手にすることが出来た。その過程がとても良い作品だったのだ。

 この辺確かにギリアムらしくないのかも知れないけど、だからこそ挑戦としては格好の作品だったし、それも見事に自分で消化してくれている。

 勿論ギリアムらしさがよく表れているのが演出面。本作はストーリー・ボードを用いず、即興で決めた所も多々あり。ほとんど即興で作ったのはワルツのシーンが有名だが、他にもチャイニーズ・レストランのシーンや、駅でウィリアムズが呆然としているシーンはワルツのシーンが長引いてしまったため、撮影許可時間を過ぎてしまい、結局本当の群衆の中で撮影したとか。アドリブがとんでもなく多い作品だった訳だ。むしろその方がらしくなるのがギリアムの面白い所だよ。

 又、本作で芸域を更に広げた感のあるウィリアムズは、『バロン』繋がりで出演したのだが、その時点でギリアムはウィリアムズの即興演出や暴走に相当苦労したらしく、こいつを抑えるために、ヴェテランのブリッジスをもう一方の主人公にしたとか。確かにブリッジスは実に安定性のある演技を見せてくれてる。

(評価:★5)

投票

このコメントを気に入った人達 (0 人)投票はまだありません

コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。