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[コメント] スカーフェイス(1983/米)

トニーが本当に手に入れたかったものって。
甘崎庵

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 80年代に最も注目された監督と言われたら、一般的にはスピルバーグになるだろうが、5人挙げろと言われたらその中には必ずデ・パルマの名前が挙がるはずだ。あまりにも過激な作品作り続けるもので、一般にお薦めは出来ないが、この人に注目していた人は世界中にいたはず。

 そしてそんな監督が作った最大の問題作が本作。それまでの監督作品も過激ではあったが、それらがかわいく見えるほどのむき出しの過激さで、よくぞこんなもん作ってくれたもんだ。と、それだけで感動を覚えるほど。

 最初本作観たのはテレビで、確か『アンタッチャブル』公開記念か何かだったかと思う。本当にたまたま見始めたのだが、オープニングからぐいぐい引き込んでくれる。最初のチェーンソーのシーンでは完全に体動けなかった。観てるだけで気持ち悪いのに止めようとは全く思わなかった。そのままこの過激さにのめり込んだまま最後まで観終わった。

 お陰で『アンタッチャブル』も迷うことなく観たし(これも最高点だ)、本作もかなり早い時期にLDで購入した。私にとってはかなり初期に心に傷を付けられた映画の一つでもある。

 最初観た時はテレビだったので、吹き替えだったが、その後オリジナルの字幕観て、その言葉遣いの過激さにも驚かされたものだ。『フルメタル・ジャケット』同様これは字幕で観た方が面白い。

 多分この作品、もともと『暗黒街の顔役』が持っていた過激さを元に、デ・パルマが自分の好きなように作ったのだろうと思うのだが、これまでのハリウッドの持っていたものを色々壊したとも思える。

 ハリウッドは過去とても上品に作られていた。他のどんな国よりもピューリタン的な姿勢を大切にしていたが、客の側からするともっと過激なものが観たい。それで作り手としては頭を捻ることになる。50年代ころのハリウッド作品が面白いのは、そのようなせめぎ合いの中で生まれてきた映画なので、工夫が見てとれるから。

 しかし、それらも時代を経るに連れ、徐々に緩和されていく。70年代頃になって過激さを売りにしたインディペンデント系のヒット作が多くなっていくと、それにつられるように大作も少しずつ規制緩和へと動いてきた。

 特に『レッズ』の存在は大きい。メジャー、インディペンデント含め、それまで決してハリウッドで作れなかったテーマで作れるようになってきた。

 そういう意味で、思想的な過激さが『レッズ』であるなら、描写的な過激さを突き抜けたのが本作であるといえよう。

 ただ、それはホラー的な意味ではない。単にグロテスクな映像を見せようとか、目を覆いたくなるような過激さを追い求めている訳ではない。むしろ通して観るなら、意外にそういった描写が少ない事に気がつく。ただ、そういった描写は視覚ではなく聴覚の方に頼るところが多く、観てるこちら側の想像力を必要とするパターンが多い。ただ、想像力ある場合、それだけでかなり気持ち悪くなってくる。

 デ・パルマのこれまで培ってきた演出が冴えまくり、それを過激さへと割り振った結果、こんな作品が出来てしまった訳だ。

 そしてそれを受けたパチーノの上手さも特筆べきだろう。『ゴッドファーザー』の時のナーバスな演技とは一転。ギラギラした野獣のような演技と言い、一旦栄光をつかんだ後のせかせかした小心ぶりと言い、ひとりでよくぞここまで出来たもんだ、と心底感心できるレベルだ。

 冴えた過激演出と名優が合致したら、ここまで素晴らしい作品が出来ることの例として挙げても良いくらいだろう。文句なしの最高点である。

…と、ここで終わっても良いのだが、折角だから『暗黒街の顔役』と本作の違いについても少し話してみたくなった。

暗黒街の顔役』は言うまでもなく本作のオリジナル作で、ホークス監督の出世作となる。この作品は、80年代とは比べものにならないほど規制が厳しい時代に、その過激さによって新しい表現法をハリウッドにもたらした。非常によく似た立ち位置にある作品と言えよう。

 そんな作品をリメイクするに際し、デ・パルマ監督はまず物語を支える演出に、自身の敬愛するヒッチコックの演出を用いた。

 先に書いたが、本作の過激さは観ている側の想像力に負っている。それに関して最も素晴らしい演出をしていたのはヒッチコックであり、その弟子を自認するデ・パルマだから、何のてらいもなくその演出を用いた。ホークスと同時代の監督の演出を当たり前に使ってしまうデ・パルマの凄さと言うか、恥知らずというか…それが素晴らしい。ホークスが生きてたら激怒したところだ。

 そして物語としての違いは後半部にある。頂点に上り詰めたトニーがなにをしたのかと言えば、身内と外の世界を分けていく事になる。どちらの作品もここまでは同じなのだが、本作では『暗黒街の顔役』では敢えて取らなかった近親相姦的な領域にまで踏み込んでみせた。これによって、最後の「World is your's 」の意味が『暗黒街の顔役』以上に明確になった。

 疑心暗鬼に陥ったトニーにとっての世界はどんどん狭くなる。彼は広い世界を手に入れたかった。でも得たものが多くなればなるほど、実は世界を失っていく。最後に残った家族の愛を失うことで、その死がどれほど孤独になったのかが明確となる。この皮肉を描きたかったことがよく分かるのが、デ・パルマらしさだ。

(評価:★5)

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