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[コメント] クラッシュ(1996/カナダ)

目から強引に脳髄に押し入ってきて、精神を浸食してくるかのようなねちっこい描写と、抵抗虚しく崩れていきそうな自分の精神を楽しみながら観るには実に良い一本です。堕ちていく快感を得たければ是非!
甘崎庵

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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 クローネンバーグ監督はデビュー作以来一貫してジャンル作品、端的に言えばホラー作品を作り続けてきた人だが、この人の描くホラーは他のジャンル作家の描くものとはちょっと違った独特のものを感じさせる。

 いくつもそれは挙げることが出来る。悲しみの演出が多いとか、見た目よりは精神に来る作品を作っているとか…それらが複合的に混じりあうことで監督独特の雰囲気を作るわけだが、私なりに一つ思うのは、クローネンバーグ監督は決してホラー作家ではないと言うことである。

 監督の描こうとしているものは、恐怖そのものではなく、未知のものと出会った時の人間の心の変化なのだと思う。それは時として人間の体を乗っ取り、異物へと変えてしまう。それは確かに恐怖かもしれないが、監督の描く主人公たちは皆、最終的にそれを受け入れようとしている。当初は反発し抵抗するが、徐々に諦めが入り、やがてはそれを積極的に受け入れていく。その過程を丹念に描こうとしているのが特徴と言えよう。これこそがクローネンバーグを特異な監督に留め続けている一貫した特徴である。

 だがこれは逆に考えれば、実は何もホラーを題材にする必要はないという事実にある。こう言う題材は作ろうとすれば、日常にさえ転がっている。ただ、それではこれまでは製作出来なかったから、ホラーを撮り続けていたに過ぎないのだろう。名前が売れていくにつれ、ようやくホラーから離れることが出来たのが『裸のランチ』(1991)であり、本作だったといえよう。

 それでもまだホラー寄りだった『裸のランチ』とは異なり、より日常に近いそう言う意味で本作は、本来クローネンバーグ監督が撮りたかったものだったのではなかったか?と思われるのである(本作の場合もまだジャンル映画に入るんだろうけど)。

 未知のものに精神を侵されていくと言うことは、非日常的なもののように思え、実は極めて日常的な出来事である。例えば幼稚園児が初めて三輪車に乗るとか、刃物を初めて使ってみる時など、道具というのは手にとって使ってみるまではあくまで未知のものにとどまっているのだから。当初危険なものを受け入れることで使いこなせるようになっていく。

 実際これを描いているのはPCだが、これだって当初得体の知れないものとしてあまり近づかなかったのが、今では当たり前の技術となり、むしろ無いと時間の使い方が困るようなツールになってしまった。

 いわば、本作はその行き着いた形を表しているのであり、更にそれが性的な快楽をもたらすという意味で、のめり込み度は非常に高い。

 本作はエロチックな作品と言われることが多いのだが、果たしてそうなんだろうか?と言う疑問はある。見た目のエロチックさは実はそんなに高くはないのだが、精神的な意味で言っても、フェティ度が高すぎてエロとは言い難い。

 これは元よりクローネンバーグ監督の狙いが普通で言うところのエロとは違ったところにあったからだろう。無機質なものに肉体を引き裂かれることを快感と取れるか、あるいは機械と融合したいと夢みる人間なら(『鉄男 TETSUO』(1989)に出てくるヤツみたいなの)、精神的な共感を持てるのではないかと思ってる…(実はちょっとその気が私にもあるので)

(評価:★4)

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