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[コメント] 裸の島(1960/日)

殿山泰司の無表情が逆に雄弁に語っている。
甘崎庵

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 脚本家として既に有名になっていた新藤兼人だが、これまでに監督としても既に何本かの作品を撮っていた。それらの作品に共通するのは、非常に挑戦的な作風で、特に反権力および時事問題に対しての強い問題意識が見られるものだった。社会派と呼ばれる映画監督は多かったが、その中でも相当過激な作風である。ただ、過激すぎたこともあってか、なかなか映画館にもかからず、興行的には失敗続きだった。監督が作った近代映画協会も倒産ギリギリの状態。

 そんな新藤監督が世界的に認められた最初の作品が本作だった。これまでのような社会派バリバリの話ではなく、一つの貧困家庭に焦点を当てた落ち着いた話を作り上げた。更に本作は1961年のモスクワ国際映画祭でグランプリを取ったことから、新藤は監督を続けられることになった。仮に本作がここまでヒットしなかったら新藤監督は監督として作品を作り続けることが出来なかったかもしれないのだから、それだけでも本作は重要な作品と言える。

 本作は日本映画界にいくつもの功績を残した作品でもある。

 まずこの作品はこれまでの常識を越えた最低予算で作り上げられたということ。これによって以降の自主製作映画に道行きを開いた。これまでのように映画館ではなく、様々な場所で上映され、ホール上映のスタイルの始まりとなったことも大きい。

 次に自主製作だからこそ、実験的な作品が作ることが出来るし、それが国際的にも評価されることが分かったことで、映画そのものの可能性も広がった。本作の特徴として、台詞を一切排した無言劇でも映画が作れる事を示したのもある。以降多くの監督達によっていくつもの失敗作はあったものの、実験的作品が多数作られることで日本映画は発展してきた。

 そして何より新藤兼人が監督を続けられたということが一番の功績となるだろう。彼の作品なしに今の日本映画はあり得ないのだから。

 実際作品として考えるならば、台詞やナレーションを排したために本作は決して親切な作品ではない。観ている側が意味を読み取らないといけないし、時としては何が起こっているのかも分からないくらいだ。しかしその「考える」作業がとても楽しい作品でもある。集中して画面を観て、自分なりに解釈する楽しみがあって、映画を観ている面白さを存分に味わえる。逆に言えば、本作は片手間で観て良い作品ではない。相当な集中が必要である。そして集中するからこそ、主人公の感情に気持ちが寄り添い、本当に悲しみを覚えたりもした。観てるだけで結構疲れるが、それに見合うだけの感動も覚える。映画でこんなにリアルな感情共有が出来るのは珍しい。

 本作の主役は新藤監督の盟友で数多くの映画に出演している殿山泰司だが、実は主役がほとんど無く、本作は間違いなく殿山にとっての代表作となった。ほぼ会話がないため、表情だけで全てを語る演技も見事…と言っても基本的に感情をそぎ落としたような無表情ばかりだが、その無表情をじっくり観ることが本作の醍醐味なのだ。

 調べてみたところ、監督は、ラストシーンに「しかし彼らは生きて行く」とタイトルを入れようと提案したが、それを止めたのは試写を観た岡本太郎だったそうだ。そうすると詩情が単なるリアリズムになってしまうからというのが理由だったらしい。

(評価:★4)

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