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[コメント] 日本残侠伝(1969/日)

任侠作品の、ほぼ最後に当たる作品かと。以降は実録ものへとシフトしていくことに。
甘崎庵

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 江戸時代から日本には任侠というものに一種の憧れを覚えてきた。任侠は一種のアウトローだが、自分なりのルールをしっかり守り続け、“強きをくじき弱きを守る”、一種のヒーローとして存在していた。江戸という硬直した時代だからこそ、そこからはみ出るものへの憧れがどこかにあったのかもしれない。

 そして映画にも当然その流れは入ってきているのだが、任侠ものを作らせたら随一。と言わせる人物は、やはりこのマキノ雅弘をおいて他はあるまい。わたし自身はそうたくさん観ているわけではないものの、監督作品は見事に全て任侠道を描いたものばかり。ここまで徹底していると、いっそ立派な人だ。

 そのマキノ監督が、主演に高橋英樹を迎え、総天然色で送った任侠映画が本作。  ここで高橋英樹を選んだのは面白い。この人は二枚目ではあるがちょっと丸顔で愛嬌のある顔つきをしているので、いかにも“やくざもの”と言った雰囲気はないし、とにかく若々しさに溢れているので、任侠ものに必要な枯れた雰囲気も持たない。

 それをマキノ監督は、色気というもので置き換えた感がある。一種のアイドル的な扱い方をしてみたのだ。彼が微笑めば、女性はこぞってなびく。だけど、あくまで彼自身は自分の魅力というものを出さないように努める。そのアンバランスさが、抑えた色気として出てくるのだ。その立ち回りは、やはり華麗だ。

 こう観てみると、“任侠もの”というジャンルは、物語が先にあるわけではないのだろう。先ずキャラクタあり。そのキャラに合わせて自在に物語を変化させることで成り立つジャンルなのだ。その辺をマキノ監督は熟知していたのだろう。主演が変わる度に、自在にその人にあった物語を作り上げてくれてる。

 …しかし、それはやはりこの時代が最後だったと思われる。世界的な激動の時代になる70年代になると、マキノ監督が目指したキャラ性を前面に押し出した任侠ものは廃れ、実録ものや、過激描写を推し進めたものが好まれるようになっていく。

 その意味でも本作は貴重な作品でもあろう。

(評価:★3)

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