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[コメント] この世界の片隅に(2016/日)

自分の心を映し出す「鏡」のような作品。この領域に踏み込めたアニメはほとんど存在しない。
甘崎庵

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 2016年は特にアニメで日本は大きく動いた。夏に新海誠監督による『君の名は。』が社会現象にまでなり、その後、『聲の形』の静かなヒットと、特に大人向けのアニメーション映画が印象深いヒットを飛ばしていたが、年の瀬になってもう一のビッグ・プロジェクトが投入されることになった。それが片渕須直監督によるもので、アニメとしては珍しい試みであるクラウドファウンディングを用いて作られた本作である。つまり一般の人達の出資によって製作された作品で、これからのアニメ制作の大きな指標ともなった(このクラウドファウンディングには私の知り合いも何人か参加してる)。

 決してヒットしたとは言わないが、好事家たちがこぞって高評価を付けた『マイマイ新子と千年の魔法』の後、新たなプロジェクトを立ち上げた片渕監督が、実に7年の歳月をかけ、徹底した時代監修の元、じっくりと作り上げた、銃後の物語である。

 決して媚びること無く銃後の生活を克明に描ききってみせた。

 これがどれほど凄いことなのか。単に頭が下がる努力というものを越えている。

 通常この手の作品と言うのは作り手側の思想が入ってくる。それは例えば戦争反対とか、逆に戦前の日本の良さを強調しようとか、そう言うところに現れてくるもの。

 それは決して悪い事ではない。監督の主義主張がはっきり分かるし、明確な方向性が分かると、作品の理解がしやすくもなるものだ。それに偏りが出る事によって個性が際だち、作品としても面白くもなる。

 ただ、本作は敢えてそのような作り方をしないように心がけているように見える。慎重に主張を入れないように注意しつつ作品が出来上がっているのだ。

 その“主張を入れない”作りこそが本作の最大の個性となる。

 この主張の無さによって、本作は観ている側の思いによって意味合いが変わってくる。  人によってはこれを戦争の悲惨さを強調していないと取るだろうし、人によっては、そんな姿勢の生活の裏側に戦争の悲惨さがますます強調されて見えるという人もいるだろう。主張を出してないからこそ、そのような受け取り方が可能な訳だ。

 実際本作は鏡を見るようなもので、自分自身の中にある戦争に対する思いに直面させられることになる。これを観てどのように思ったか。それで自分自身の心を知る事が出来るかも知れない。実際わたし自身も、自分の内面というものに直面させられた気分になった。

 そして私が受けた印象とは、もの凄く単純ながら、「やっぱり戦争は嫌だ」というもの。国がどうこうではなく、被害を受ける市民は、一方的な被害者になるだけという単純な事実。戦争に嫌悪感を抱かせるという意味で、私にとっては最高の反戦映画に見える。

 一方、そんな一方的な被害者である市民は、単純な悲惨さだけではないと言うのも重要な点だろう。悲しみがどれほど深くとも生きていかねばならないし、生きていくためには心の糧が必要。

 それは自分が生きると言う事だけではなく、家族のためであったり、見も知らぬ子どもを守ることであったり。何かのために働くことが生きる糧になるし、生きていくために笑いも必要になる。

 それを「健気」とは言わない。生きるために必要なものだから。

 ただ、これはあまりにも地味すぎて、そう言った“生きるために必要なもの”を描く事が、エンターテインメントとしての映画では薄れがち。

 それを中心に据えることでぐっと身に迫った演出を可能にしている。この平和な世界において、身に迫って戦争状態のただ中に身を置いてる気にさせられる。その中で何かしらの楽しさを見つけたり、絶望の中でも生きていこうという思いにさせられたり。とても大きなものを与えてくれる作品でもあった。

 単純な事実。本作はとても素晴らしい作品だと言う事だ。

(評価:★5)

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