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[コメント] 稀人(2004/日)

恐怖とは、ただそれを待つだけでは不完全なのですね。
甘崎庵

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 もとより私は悪夢を題材にした映画が好きだ。この場合の悪夢とは、文字通り夢を見て、それが悪夢になる場合というのも当然入るが、現実世界にありながら精神的に違う世界に入ってしまうという、いわば白昼夢のような悪夢世界を題材にした作品も大好き。

 この手の作品で一番上手い!と言えるのは意外かも知れないが黒澤明。私が黒澤映画を評価するのはそう言う世界をきちんと確立し、しかも水準を超える作品をしっかり作ってくれるからなんだが、その次を挙げろと言われたら、間違いなく塚本晋也を選ぶし、それからちょっと間に何人か入って、間違いなく清水崇監督はその中に挙げられる。

 然るに、本作は私が求める二人の監督によって形作られる世界。これを評価しないでなんとする。

 最新作『ヴィタール』(2004)を観る限り、作り手としての塚本監督は成熟の度合いを増していて、ゴツゴツした所はあんまり感じられなくなっていたが、本作は昔の塚本作品に通じる骨っぽさに溢れていて、私にとっては誠に嬉しい作品に仕上がってくれた。設定やストーリーなど、確かにメチャクチャぶりも感じられるが、それは清水監督自身の作品全体に通して言えることで、むしろ本作はそれをしっかり雰囲気作りに役立てていることが一番重要。

 人間が生きるため最も重要な、根源的な欲求は食べることだという。人間の体は栄養を欲し、それを恒常的に与え続ける行為はその存在そのものに対する愛情と言っても良い。性の問題を超越した愛がここには描かれる。そして又愛とは、エゴでもある。何者かの犠牲を強く事によって初めて得られるものとしての愛。Fと主人公益岡との関係は、どれほど歪んだものであっても、愛に他ならない。それは一方的に益岡がFに与えているものだが、与えることによって悦びを得られる愛というのもある。あれは親の愛そのものなのだ。特に自らの血を与えるという行為は、父性よりも母性に近い。自らを傷つけ与えることに彼は無上の悦びを得ていたのだ(事実としてそれが暗示されているのは必要なかった気もするけど)。

 益岡は原初の恐怖なるものを求めて地下に潜ったのに、得られたものは愛だった。何とも皮肉な物語ではないだろうか?しかし物語は回帰する。得られた愛はそのまま恐怖へと変わっていくのだ。思うに、益岡はあのままでは本当の恐怖を得られる資格が無かったのだ。彼は愛というものを知って、初めて本物の“原初の恐怖”を知るに至る資格を得られたのかも知れない。

 塚本晋也は冴えない(けどアブナイ)中年役が板についてきたが、ヒロイン役宮下ともみはちょっと演技的には今ひとつ。綺麗なんだけど、もっと赤ん坊っぽくガツガツしたギャップを楽しみたかった部分はあり。

 色々考えてみると、本作は清水監督にしては大変分かりやすかった物語だったのかも知れない…私の妄想を込みにすれば。

(評価:★4)

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