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[コメント] 丑三つの村(1983/日)

これほど作品と違和感のある音楽は経験したことがない。当時のありきたりな陳腐な音楽がありきたりな青春映画に転化させてしまった。「津山三十人殺し」を映画化出来得るのは北野武しかいないだろう。
sawa:38

世界の犯罪史上でも特筆される「津山三十人殺し」。

事件の凄惨さは勿論だが、この事件によって暴かれた岡山の寒村で日常となっていたある風習、・・・夜這い。この閉ざされた村は外部の者に対しては排他的であったが、内に対しては特に性のモラルに関してはあまりにも開放的であった。

村の唯一の娯楽施設である賭場での借金は女房・娘を一晩抱かせることで貸し借りの帳尻を合わせていた。女たちも夜這いを娯楽のひとつとしてこの「文化」を楽しんでいたという。元々村の大半が同姓の親族関係である上に、乱交の結果、親とは明らかに違った顔を持つ子供が生まれる閉ざされた村。

犯人の都井睦雄(22)はこの狭い村の中の19歳から50歳の女性10数人と肉体関係を持ち、結核が発覚してからは夜這いの度に女たちから金を要求されるようになった。この作品で描かれるような爽やかさは微塵もない。男たちは自分の女房が隣家の男に抱かれているのを承知し合い、子供たちは大人たちの交わりの声を聞きながら寝入った。

修羅の村である。夜叉が生まれる素地がある。兵役に就けないコンプレックスと結核患者であるが故の村八分。彼が凶行に走った原因はそうなのだろう。だが、修羅の村で育ったDNAが彼を夜叉にしたのだ。

彼は誰も許そうとはしなかった。可愛がってくれた祖母は手斧で首をはねられ、映画では純愛(?)風に描いていた従妹も生き残ってはいるが、これは見逃して貰ったのではなく、命からがら隠れて難を逃れたのだという。

この作品が安っぽい青春映画っぽく描いた「津山三十人殺し」はもっとドロドロとした狂気の発露だ。鬱屈した粘着質の狂気だ。

もしも北野武ならと無理な希望を考えてみる。前半の鬱屈感は俳優ビートたけしの独断場だろう、そして後半の凄惨な惨劇はそれこそ監督北野武の真骨頂のはずなのだが・・・

(評価:★3)

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このコメントを気に入った人達 (2 人)はしぼそがらす[*] TOMIMORI[*]

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