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[コメント] 愛のむきだし(2008/日)

えっ!もう終わり?
chokobo

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







私は長時間映画の最高として『ファニーとアレクサンデル』を岩波ホールで弁当なしで鑑賞していますので、この程度の長さなら何でもありません。だって黒澤明監督の『七人の侍』だって4時間近い映画でしょ。それから『白痴』という映画だってもともと4時間を大幅に超える映画だったのを、強引に3時間にして、それを映画会社(松竹です)がさらにカットして作った2時間半の映画でしたね。黒澤監督は怒って「切るならフィルムを縦に切れ」と言ったとか。

まあ、それはともかく、この映画の4時間は全く長く感じなかった。長く感じない理由はたくさんあると思いますが、本質的に一つだけ言うと「監督のパワーが持続した」ということではないでしょうか。本人も言うように、ご自身の妹さんをカルト集団から取り戻すために戦ったという事実をデフォルメして映画にしたそうですが、主人公(妹)に対する愛と、カルト集団に対する強い憎しみ、そして現代社会が抱えるいびつな宗教構造を信念をもって映像化したんですね。素晴らしい映画でした。

とにかく盛りだくさんで映画としても充実しています。

実はこの映画の前に、東京芸術大学の大学院生が作った『ラッシュライフ』という映画を観たのですが、ある意味この映画の正反対の作りになっています。要するに、役者はプロだが演出側がド素人。この『愛のむきだし』は反対に、役者は子供か素人同然ですが、演出する側の強いパワーにより、この映画はずっと緊張感をもった内容になっていますね。要するに映画なんて、作る側が必死になって作りたいと思えば、ツールが8ミリであれ大画面であれ3Dであれ、伝わるものがあるんだと思います。残念ながら東京芸術大学の学生は根本から考えを改めた方が良いかもしれませんね。

そしてこの映画のなんと言っても最大の収穫は満島ひかりさんの激演でしょう。(激演という言葉はないかもしれませんが)彼女の演技、彼女の体当たりの演技は中盤から後半にかけてこの映画の柱になってゆきます。

単に若くてカワイイというだけではなくて、この映画を感動的なものにするために、印象的なシーンをいくつも作り上げていますね。特に海辺の暗い青空をバックに、兄に詰め寄りなが聖書の一説を語るシーン。ここで彼女は愛の存在を強く示します。このシーンだけで何分あったでしょう。彼女の一途な気持ちが画面から溢れ出てくるようでした。

それと兄が教団のビルに妹の満島ひかりさんを迎えに行くと、家族で鍋かなんかつまんでて、そこに兄貴役の西島隆弘さんがサソリ(黒い女の姿)で乗り込んでゆくわけですよ。大勢の護衛とか黒服のボディガードをなぎたおし、命がけで妹を救おうとその場に入ってきた兄を見て、最初の放心状態から次第に嫌悪と悲しみの表情に変化し、遂には怒りの表情へ。この一連の情緒表現は才能としか言いようがないですね。胸が痛くなるようなシーン。このシーンで兄は精神を犯されてしまいます。

そして最後、精神的な病になった兄を救い出すため、病院を訪れ、必死に記憶を呼び起こそうとする妹の満島ひかりさん。これが感動的なラストへ繋がるのですが、この必死さ、自分をかなぐり捨てて狂気の世界を彷徨う兄を取り戻そうと必死になる。こんな健気な彼女のおかげで記憶を取り戻した兄は、パトカーで連れ去られそうになった妹をパトカーのガラスを割って腕を出し、手と手を結びつける。

えっ!これでおしまい?

というラスト。でも感動的なラストです。すごい迫力の映画でした。そして監督のパワーと美しい妹役の満島ひかりさんの存在がなければこの映画は成立しなかったかもしれませんね。

私はこの映画を観る前までは、この年(2009年)の女優賞は松たか子さん(『ヴィヨンの妻』)で決まりだろうと思っていました。しかし、あの映画の彼女の健気さと、青春に全力でぶちあたり、カラダ全体で表現する満島ひかりさんでは、比較にならないほどエネルギーの分量が違うように思いますね。

心配なのは、こういう演技を一度してしまうと、その後が大変なんですよ。寺島しのぶさんぐらいプロに徹する気持ちがあれば良いのですが、『パッチギ!』で素晴らしい演技を見せた沢尻エリカさん(彼女もクオーターでしたね。満島ひかりさんも祖母が仏人のクオーターなんですって)もその後色々転落してゆきます。

私は本当に素晴らしい演技とは狂気だと思うんですね。溝口健二監督のもとで狂気に陥った田中絹代さんもそうですが、この作品の満島ひかりさんは狂気そのもの。このままスケールの大きい女優に育っていただきたいと思いますが、この映画を上回るパワフルな作品に出会うことはなかなかできないかもしれませんね。

2010/01/19(自宅)

(評価:★5)

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