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[コメント] 善き人のためのソナタ(2006/独)

最も魅力的な東側の人物かもしれない。
chokobo

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







戦争や冷戦(これも戦争だが)で登場する敵役、例えば『戦場のピアニスト』の将校や『シンドラーのリスト』に登場するシンドラーもそうだが、いずれも戦争の末期に自由主義を求めて魅力的な行動をとる。それは人の命に関わることがきっかけとなってもたらす心の変化といえる。

状況は冷戦下の東ドイツであるが、第二次大戦下と変わらない。いずれも統制された国家の中で真面目に生きる者がいる。シュタージ(秘密警察)にせよKGBにせよ、いずれも国家という名の独裁政治の中で真面目に生きる者の姿が描かれる。

冒頭に出てくるこの映画の主人公であるヴィースラー大尉の尋問は強烈だ。冷戦下の東側でこのような実態があったことを見せつける。

しかい現実は食堂でホーネッカーの悪口を言ったり、大臣が女優へ圧力をかけ強圧的にてごめにしょうとしたり、その実態は汚職に近い。真面目に生きるヴィースラー大尉にとっては、これらの現実が苦痛だったのだろう。

映画とは素晴らしいものだと思わせる瞬間がある。この映画で昼もなく夜もなく盗聴するヴィースラー大尉が、演出家のドライマンと女優のクリスタの生活を聞き続けるにつけ、ブレヒトの小説やソナタを聞くうちに、次第に西側思想へと傾倒してゆく。この心境の変化には現実のシュタージが汚職にまみれている現実が彼をそうさせてゆくのだ。

ヴィースラーは女優クリスタのファンとなり、彼女が大臣のもとへ赴くことを遮る。そして彼女がシュタージに疑われた際に自ら尋問することで、ピンチを逃れようと考える。このシーンの静かな尋問(ヴィースラーとクリスタの対話)は緊張感にあふれ見事だ。

結局クリスタは自らの命を絶つように車にはねられて亡くなるのだが、この救いのないシーンは辛い。思わぬ衝撃だ。

タイプライター(オリベッティ)のエピソードや、盗聴技術のエピソードなどを巧妙に演出し、最後に演出家クライマンが自分を救ってくれた人物探しをし、そしてそれがヴィースラーであったことを確認するシーンも素晴らしい。タクシーに乗って、歩道を歩くヴィースラーを見つける。凡庸に考えれば、ここでクライマンがヴィースラーに歩み寄り何か言葉を交わすのか。あるいは、しばらく彼の後ろから観察し、何かを伝えようとするのか。いずれにしてもそんな演出は凡庸である。クライマンはタクシーを降りることなくその場を去る。

そしてある日、ヴィースラーが町を歩いていると本屋の前でクライマンの小説が売り出されていることに気付く。本屋に入りヴィースラーはページをめくる。すると、当時シュタージだったころの自らのコードネームが記載された最初のページに感謝の言葉が込められている。クライマンはヴィースラーに直接ではなく、自らの自伝を書くことでその感謝の言葉を伝えようとしたのだ。

店員「この本はプレゼントですか?」 ヴィースラー「いや自分のための本だ」

この一言ですべてが救われる。素晴らしく感動的なシーンだ。

この映画が東側の実態を描く映画であるために、画調もセットも風景もすべて色を失ったようなつくりになっていたがために、こん最後の一言ですべてが救われる。クリスタの衝撃的な死など、延々と救いのないドラマが連続する中で、この最後の一言で見る者は本当に開放され涙するのだ。

嗚咽が止まらないほどの感動をもたらしてくれた。

愛する者、失う者、時代、戦争、あらゆる歴史を一瞬にして救いだす素晴らしい言葉であり素晴らしいシーンだった。

(評価:★5)

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このコメントを気に入った人達 (2 人)おーい粗茶[*] りかちゅ[*]

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