[コメント] ファイヤーフォックス(1982/米)
SFXへの挑戦というお題目が強引な演出となっていびつなSO-SO作品
アメリカ映画史を再生する男、クリント・イーストウッドの今度はSFXというジャンルに果敢に挑むトライアルフィルムである。しかし、本作はその作家性に馴染んでいないというモチーフのギャップが大きく悪目立ちをしており、前半のサスペンス劇の佳作ぶりとバランスが取れていず、全体のパッケージとしてその試みは失敗に終わった。これまでのイーストウッド映画の例に漏れず、主人公の戦争従事者としての禍根がフラッシュバックとして立ち上がるが、ここでのそうした主題の取り上げ方は、構成要素としてはめ込んだだけで決して物語上に効果的な寄与を示さない扱いに終わっており、創作の集中がドラマよりも外面的なアクションにあることを露呈して、その得意とはいえない仕事の施しで残念な結果となっている。イーストウッドの惜しいところは、冗長描写による潔さに無頓着な語り口にある。彼の終生の主題となる自己完結の美学は、自作自演においた時、そのナルシシズムがより過剰に噴出して頷くことを躊躇わせる結果となる。彼の美学の深淵が見て取れるのはやはり、主人公を消化する物語より、主人公に移入する物語であると思う。
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