[コメント] 男はつらいよ 寅次郎かもめ歌(1980/日)
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マドンナの伊藤蘭さんは高校の先輩。僕のではなく、僕の妹のだけど。次作の松坂慶子さんもそう。ほかにお笑いのオードリーとか(後輩)。身内っちゃ身内なので(どこがじゃ)言いにくいが、マドンナとしては、蘭ちゃんは存在感が薄かったと思う。薄幸そうな雰囲気は醸していたため、致し方ないところかもしれないが。寅がすみれに対して抱いたのも、恋心というよりは親心なので、寅との絡みが薄くなったのはやむを得まい。ここですみれ名をつけてくるかという気は、少しした。
最後も、恋に破れたの「フラれた」とは違う。だが寅からすれば、父親代りを務めたいという気持ちを袖にされたのだから、まあ、フラれたのか。すみれに、寅を拒絶したという意思まではないだろうから、相手方にその気はないと寅が気づくパターンAと相手方にも気はあるのだが寅が身を引くパターンBの中間か。
引越祝儀「2万円」の件は、寅に悪いところは何もないと思う。源公から巻き上げた金であることを除けば、だが。とらやの面々は基本的に寅に対して大変失礼なのだが、まれに度を超して失礼なときがある。寅が可哀そうというか、作劇者の演出の厳格さに唸らされる。
すみれが、寅の泊まるホテル奥尻を、香典のお礼に訪ねるシーン。杯を空けた寅に酒を注ぐ。寅が「親父さんも酒飲みだったから、いつもこんな感じだったのかい」なんて。こういうさりげないシーンが、『男はつらいよ』のしんみりするところである。
蘭ちゃんは、キャンディーズをやめて、普通の女の子に戻って、また芸能界に復帰した直後という感じか。この年代の若者の、「個」の定まらなさを体現した起用ではあったかもしれない。蘭ちゃんのかもめ歌(って江差追分だが)、ちゃんと聞かせて欲しかった。
19/4/13記
鴎の鳴く音にふと目を覚まし あれが蝦夷地の山かいな
本唄の出だし、「かも〜め〜」に続くフレーズを、蘭ちゃんは「なぐーねー」となまって発音してたように聞こえたけど、違ったかな。
比較的、すっきりとした話で見やすい物語になっている。一つは、寅とすみれの関係があまり嫌らしくない(ホレたハレたの関係にない)。もう一つは、とらやの面々もそう(寅がすみれにホレていると)見なしていない。いつも最も下司な見方をするタコ社長でさえ、すみれを「(あの娘には)ご婦人方にはわからない色っぽさがある」と評すだけ。“男友だち„から電話があっても、いつものようにまた寅がフラれると心配しないのである。全作見た後であらためて観ると、やはり珍しい回な気がする。
寅も、はじめのうちはすみれが心配で来ていただけだろう。だかそのうち、差別や締め付けのないここ(夜間の定時制高校)でなら、自分ももう一度学び直しが出きるのではと、本能的に悟ったのではないか。願書の提出というさりげない(本シリーズでその後回収されることのない)エピソードが、たまに吹き出す寅の学問志向を表して、そこはかとなく良かったと思う。
20/9/28記
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