[コメント] 女中ッ子(1955/日)
映画を見終った人むけのレビューです。
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まあこんな田舎娘のハマる女優は本邦空前絶後だろう。蒼井優でも安藤サクラでも無理、背負っている時代が違う。これ以前のスターシステムでもまた在り得ない処で、『馬』の凸ちゃんなど比べれば美人過ぎるのだ。左は当然ながら上手いし、真正面から捕えられたショットのユーモラスなど、なにものにも変えがたい存在感がある。都会と田舎は概ね70年代まで主要なテーマ(映画以外でも)だったが、本作の彼女は極めつけ。それだけでも価値高いが、有り難いことに映画も面白い。
左は伊庭輝男の非行を全部肯定して回る。職業上の制限ならこの奔放なお女中さんは無視するだろうに、嬉々としてそうするのだ。映画の視点は左から徐々に伊庭に移り(中盤、左轟夕起子のコートを箪笥に隠した時点で、収束へのカウントダウンが始まっており、この辺りから視点は移動し始めている)、収束に至って、伊庭はいなくなった左をどう思うだろう、大人になってから伊庭は左をどう回想するだろう、という描かれない心情への想いだけがポツンと残る。この無償の善意に童話ならではの感慨があり、ほとんど宗教的である。
男の子はこのように生家から独立するのだろう、という描写に富んでいる。役割なので仕方なく家長を演っている佐野周二は秀逸で、時々漏らす本音を伊庭は聞き逃さないだろう。轟夕起子の存在感もリアル、彼女の偏頗な価値観も伊庭は忘れないだろう。ふたりが秋田の雪道を難渋しながら歩むのを、もう伊庭は他人事のように見るのだろう。
だからナマハゲの件も伊庭の視点から観られるべきものだが、その後の左のフィルモグラフィーと照らし合わせると世界観が合致していて興味深い。ここも含めて撮影、美術とも高級。密やかな音楽もとてもいい。
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