[コメント] 洲崎パラダイス 赤信号(1956/日)
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赤線末期の時代ですね。この原作者芝木好子は、本作が出来る前、溝口健二監督が撮った『赤線地帯』という本も書いていますね。原作者が浅草の生まれなので、この作品に出てくる深川周辺の歴史などを相当取材して、女の世界を緻密に描いたんでしょうね。
冒頭、途方に暮れる二人の男女。女(新珠三千代)がタバコを買いますよね。この時に手渡す紙幣が100円札でおつりが60円ですから、タバコが当時まだ40円の時代ですね。今年の秋にまたタバコが値上がりするそうですが、概ね400円だそうなので、これだけみると物価が10倍になったということなんでしょうか。飲み屋でジュースを飲んで二人分で40円とか30とか言っていますので。そうした当時の風俗とか食糧事情とか、時代の大きな変化を味わうのも楽しい映画です。(今の1万円が当時の千円という感じかもしれません。)
この隅田川を望む貧しい二人のやりとりは、黒澤明監督の『素晴らしき日曜日』と似ていますね。あの映画も貧しい二人がデートをするシーンから始まりました。そして黒澤明監督のデビュー作『姿三四郎』でヒロインを演じるのが、この映画で一杯飲み屋のおかみさん役の轟夕起子さんです。『姿三四郎』の頃の面影(雰囲気)はまるでありませんが、演技は素晴らしいです。おかみさんの雰囲気を自然に演じていて、貧しい二人を思いやり、4年も留守にした夫に温かく接し、そしてその夫が亡くなれば思いきり慟哭し、その幅広い演技力に圧倒されます。これぞプロの仕事ですね。
貧しい二人は女がかつて赤線で働いていて、男はどうやらそんな彼女にほれ込んで一緒になったようですが、生活力がまるでないこの男のうだつが上がらない姿は見ていて苦しくなるほど辛いものがあります。人と接することが全くできない。おかみさんから、蕎麦屋の出前の仕事を斡旋してもらっても、まるで真剣にはたらくことができない。お店の若い娘(芦川いずみ)にはげまされても全くモチベーションを上げようとしない。そんなだらしない男です。
私が映画で知る三橋達也さんというと、黒澤明監督の『悪い奴ほどよく眠る』とか『天国と地獄』など、もっと個性が強くてアクティブなイメージでしたが、どうもこの映画の彼はいかにもひ弱でだらしのない、どうしようもない男です。こういう演技もできる俳優だったことに驚きを感じました。(NHKの「連想ゲーム」に出ていたことを思い出しました。)
ということで、この映画の中心は女性です。深川という赤線末期の時代を世渡りするおかみさん(轟夕起子)、赤線から足を洗って男と彷徨う女(新珠三千代)、そしてだらしない男を励まそうとする屈託のない娘(芦川いずみ)という三世代の女性が同じ場所で繰り広げる人間模様が描かれています。母であり妻であり娘である女性三代。このそれぞれの表現と時代に対する価値観の違いが面白いですね。
おしゃれで有名だった川島雄三監督は、この翌年『幕末太陽傳』を撮って高く評価されます。『幕末太陽傳』もそうですが、この映画でも助監督を勤めるのが今村昌平さんですね。こちらの映画の方が今村昌平らしさが滲み出ていますね。
しかしながら、当時のこの映画に対する評価は翌年の『幕末太陽傳』に比べて格段に低く、キネ旬ベストテンでも28位と振るいませんでした。でも今見るとこの映画の方が現実的な意味でクオリティが高いような気がしますね。今村昌平さんの個性などを考慮するとよほどこちらの作品の方が上のような気がしました。
2010/01/10(自宅)
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