[コメント] あのこと(2021/仏)
実は見る前にサンドリーヌ・ボネールが出演していることは聞いていて、施術者の役かな、と思っていたのだが、主人公アンヌ−アナマリア・ヴァルトロメイの母親役でした。満を持して登場する施術者はアナ・ムグラリスで、これは知らなかったので嬉しい驚きだった。この、ボネールとムグラリスという二人の有名女優が、本作をよく引き締めている、と云うことができると思うが、ボネールがなんだか普通の母親役なのは、ちょっとガッカリしたところもある。対して、ムグラリスの方は、ずっと苦虫を噛み潰したような険しい表情を崩さないで、画面に緊張感を与え続ける良いディレクションなのだ。これはいい造型だと思った。
全編手持ちか。少なくもフィクスはワンカットも無い。これにより、主人公の不安感、焦燥感がよく定着している。あるいは、カメラは基本、主人公の周囲から大きく離れない距離にある。アンヌの世界からカメラは出ない。つまり、画面は彼女が被写体か、彼女のミタメがほとんどで、少なくも、彼女から遠く離れた被写体が映されることは、一度もなかったのではないか。例えば、交渉相手に会いにボルドーへ行った場面で、彼の友人2人と一緒に浜辺へ繰り出すシーンがあるが、友人2人をほとんど写さないで、オフ(画面外)の科白だけで処理する、という演出なんかは、周りが目に入らなくなっているアンヌの焦った心持ちをよく表していると思う。
さて、見ていて辛い場面も沢山あるが、特に、最初に自分で施す編み棒での処置のシーンは痛すぎてツラかった。こゝは、アンヌの苦痛の顔を凝視するカメラだ。対して、ムグラリスが処置をするシーンでは、アンヌの顔を一切映さず、ずっとムグラリスの怖い表情を映し続ける選択で、この辺りもよく考えられている。さらに、寮のベッドで七転八倒するアンヌから、その声を聞いた寮の隣人が駈けつけて来たあと、キッと画面横を見て、トイレへ歩いて行く、そしてトイレから担架(ストレッチャー)で運ばれる場面のアンヌのミタメに繋げる、一連の畳み掛けは、見事な演出だと思う。
この映画もプロット展開という意味では特に目新しさのないモノだし、予定調和とも思うが、映画の良し悪しは筋書きの良し悪しでは決して無い、細部の見せ方で決まる、ということをよく表している作品と云えるだろう。主人公の全ての表情、一挙手一投足に一秒も目が離せなくなるような細部が集積している映画。良く出来ている。
(評価:
)投票
このコメントを気に入った人達 (0 人) | 投票はまだありません |
コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。