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[コメント] 恋も忘れて(1937/日)

清水宏らしく、タイトル「恋も忘れて」はある意味フェイク、あるいはフックだ。通俗的に云えば、恋も忘れて何かに一生懸命になってやってきた、というニュアンスだろう。
ゑぎ

 確かに、主人公の女給−桑野通子の「来し方」を指しているのかも知れないが、しかし最後に、店の用心棒みたいな佐野周二の「行く末」の方が相応しいと感じさせて終わる。これが感慨深い。

 港町−明言されないが一見して横浜と分かる−を舞台とする。港の風景を繋ぐオープニング。桑野と息子の春坊−爆弾小僧が2人で住むアパート周辺は、スタジオセットだ。これも清水らしく「歩く人」の映画。アパートから桑野が働く店(ホテル)までの道の場面が何度も出て来る。夜のシーンでは、きまって深い霧がたちこめているというのが良いところ。こういったセットを使った演出の反復では、アパートの部屋の小さなバルコニーから地上へ階段がつながっており、これをクレーンを使った上昇下降移動で見せるショットが頻出する。さらに、カメラがこの部屋の中に入ると、必ずと云っていいほど、小さく緩くトラックバックする。

 また、桑野の勤め先の広い店内も特筆すべき装置だろう。こゝでも、画面奥から手前に歩いてくる、または、その逆の桑野のロングショットが度々ある。あるいは、店内をドリー前進移動し、客とダンスする女給たちを見せ、その後、ソロでダンスを披露する桑野のカッコ良さ。彼女がこゝでは女給たちのリーダーであり、一番のダンサーであることがよく分かる。本作の桑野も、黒襟の和服姿の場面が多いが、このダンスシーンではツートーンのロングドレスだ。

 そして本作の最上のショットは、霧の港町の場面と対照的な、ピーカンの高台の道を、桑野と息子が転校先の小学校へ向かって歩く横移動ショットだと私は思う。レールを敷いたと思しき移動撮影での歩く2人のフルショット。こゝの桑野の洋装姿もとびっきりカッコいい。それは他の子供たちが、奇異な目で見るぐらい(子供の目にも)素人ばなれしているのだ。本作の悲劇は、親の示唆で仲間外れをする子供たち以上に、桑野の突出した美貌というか存在感が導いたものだと私には感じられる。

#備忘でその他の配役などについて記述します。

・店のマダムは岡村文子。女給仲間で度々部屋に訪ねて来るエイコは忍節子

・ガキ大将は突貫小僧。爆弾小僧が日本語を教える中国人の子供に葉山正雄

・客で大山健二。このシーンのBGMはスタンダードナンバー「君去りし後」。

・佐野が子供の寝顔を見て「子供は可愛いというだけで十分親孝行してるんだ」。この科白、清水宏の遺作『母のおもかげ』の根上淳も同じことを云う。

(評価:★3)

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