[コメント] ソーシャル・ネットワーク(2010/米)
映画を見終った人むけのレビューです。
これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。
劇場で二度見て脚本も読んだ。嵌った。
まず最初に、この映画の仕掛けを指摘しておきたい。
ベースとなる舞台は証言録取室であり、供述にシンクロしてこれまでの経緯がフラッシュバックされる語り口である。
オープニング、マークとエリカの会話から始まり、寮でのハッキング、FaceMash作成、サーバーダウンまでを連続時系列で描いている。その後時間が現在に飛んで証言録取室へと舞台を移すわけだが、このときの台詞のやり取りが重要だ。
グレッチェン(エドゥアルド側弁護士)がマークに事実確認を促すと、マークはそれは違うと言う。つまり、私たちが今見せられた回想シーンは、グレッチェンが読み上げた書類を映像化したものだということだ。
無論そのディテールのすべてが書類になっていたわけではなく、一続きの流れとして見せるための肉付けがされていて(フェニックスクラブの新歓パーティーやサーバー管理者コックスの自宅ベッドルームシーンなど)、そのほとんどは客観的な事実として受け取って差し支えないのだが、例外的に不確かだと疑われる部分が存在する。
それはマークがエリカに言ったとされるバーでの会話の中身である。マークはそのやり取りに関しては否認し、訴訟を優位にするための原告側の作戦だと反論する。宣誓供述しても人は嘘をつくものだとまで言い切っている。
ここがこの映画のトリックである。過去の物語が瑞々しく躍動的に描かれているから、観客はそのすべてが真実だと思ってしまうのだが、その中にはピンポイントで伝聞による再現映像が含まれている。
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すいません。嘘をつきました。そんなトリックはありません。オープニングシーンにおいて、マークとエリカの会話だけが、とりわけエリカ視点で描かれているというようなことはありません。他のシーンと分け隔てなく同じトーンで演出されています。『羅生門』ではありません。
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だがいずれにしても、ここが私には最も興味深かった。上記の例から見てもわかるように、過去のシーンは評伝である。マーク・ザッカーバーグがいかなる人物であるか、何を成し遂げたのかということが、外部の視点から描かれている。『市民ケーン』の新聞記者に相当する役回りは弁護士たちということになる。訴訟という手続きが人物を裸にしていく構図である。
一方、『市民ケーン』と異なるところは、マーク当人がその評伝を検証し時には反論する場があるということである。それが現在の証言録取室シーンである。この二つの会議室で、マークは、他人によって描写された自分の姿を突きつけられ、それが彼自身をも変えていく。評伝によって、その当人の内面に変化が生じ、その変化を見せることで、主人公が成長したことが感じられるエンディングである。
伝記映画というのは主人公の若い頃を描くことも多いから、青春映画の側面も併せ持つことは珍しくはないが、本作の場合、伝記映画と青春映画の入れ子が逆だ。自分について書かれた伝記を読んだ主人公が成長するという変則的な図式になっている。
私見だが、これは最初からそのように設計されたのではなく、フィンチャーがマーク・ザッカーバーグという人物を造形するにあたって、アスペルガー症候群を研究したことから生まれたものだと思う。
脚本は、法廷物を下敷きとし、被告がいかなる人物かを検証するという主軸を設定した上で、過去の事象を生き生きと描写することに注力している。物語構造として検証という手順を設定したからには、主人公の人物像はひとつに絞り込まれて終わることになる。それは大抵「人間だもの」的な普遍性に落ち着くことになる。
ところがフィンチャー演出は、脚本の持つ論理的な性格描写ではアスペルガーは描ききれないと看破している。欲望と劣等感の数式では解けない動機、コミュニケーション齟齬の原因、それらは決め打ちされた固定観念では説明することはできない。理性から零れ落ちる感情を取り扱うのが芸術である。そしてその感情は、俳優の演技によってのみ表出されるわけではない。
フィンチャーは、ジェシー・アイゼンバーグに、感情を出すなと演出したという。コーエン兄弟の映画にも感情を表に出さない人物が登場するが、その狙いは人物を引いて見たときに生まれる天然ボケ的な可笑しさである。本作の豊かな会話劇に含まれる可笑しさとは意図するところが違う。
感情を出さないもうひとつの有名なキャラクターにHAL9000がある。果たしてHAL9000はアスペルガーを予見していたのだろうか?興味は尽きない。
本作は題材、背景、人物像、時代性が複合的に絡み合った高水準のドラマでありながら、映画の中で閉じることなく、その余韻は棘となってよくわからない印象が最後まで残る。自分なりにその正体を言葉にしてみたのがこのレビューである(疲れた…)。
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