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[コメント] ファーストフード・ネイション(2006/英=米)

プロレタリアートとしての牛。牛のみならず、経済格差をも「食い物」にしているという事。
煽尼采

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







ペットショップの犬は、来店した客に「出してあげたい」と思わせる為に、わざと狭い檻に入れられている、という母親(パトリシア・アークェット)の話に影響されてか、ミッキーズバーガーでバイトをしていたアンバー(アシュレイ・ジョンソン)は、新しく仲間となったエコロジスト達に、「牧場の牛を柵から解放したらどう?」と提案する。「町に現れた牛の群れを見て、人々は牛の自然な姿に気づく筈よ」。だが、いざ柵を壊してやっても、牛たちはその場を動こうとしない。仲間の一人は、諦めたように言う。「ここに居れば、草よりもいい餌が食えるんだ。だから動かないんだろう」。

この台詞は、ハリー(ブルース・ウィリス)が言っていた台詞、「メキシコ人たちは、ここの工場で働けば、故郷の何倍もの給料が手に入る。だから働きに来るんだ。無理強いして連れて来たわけじゃない」の論理構造と同じものだろう。そのメキシコ人の一人であるシルヴィア(カタリーナ・サンディーノ・モレノ)は、恋人が工場の事故で怪我を負った事と、過酷な労働に耐える為に使用していた薬物が検出されて解雇された事で、ホテルの仕事の収入では足りなくなり、彼女自身が工場に勤めるようになる。そこで彼女に与えられた仕事は、牛の内臓を抜く作業。電気ショックで倒れた牛が、流れ作業で皮を剥がれ、解体されていく。先輩従業員から「やってるうちに慣れるわ」と言葉をかけられ、作業に参加するシルヴィアが流した涙は、おそらくは、牛に流した涙でもあり、自分に流した涙でもある。どちらも、生産効率の為のシステムの末端で、「自然な姿」を失い、隷属化し、「解体」される存在なのだ。

ハリーの言う、「今のアメリカ人は過敏すぎる。肉にクソが混じってようが、焼くんだから関係ないんだよ」は、焼いた後の肉の上に唾を落とすバイト君の行動で殆ど無意味化されているのだが、そのバイト君の行動は、安い給料で働かされている不満からのもの。結局、システムから蔑ろにされた要素は何らかの形で、人々が口にするバーガーという最終段階の中に混入してしまうわけだ。商品を消費する事は、その商品を生産するシステムをも消費しているという事だ。

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