[コメント] 松ヶ根乱射事件(2006/日)
映画を見終った人むけのレビューです。
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山下監督といえば、不器用な若者を主人公に、微妙な空気を演出した作品を多数作り上げている。基本的に極端な事件が起こるでなし、ちょっとした感情の行き違いなどを通して仲間意識を強めてみたり、人としてちょっとだけ成長した姿を描いたりと言った、本当に若者を描くことが多い。その独特の作風は既に映画監督としては完成の域に達しており、あたかもヨーロッパの老成した監督作品を観るような感覚で作品を観ることが出来る。この年代の監督では珍しいほどの完成した映画監督である。
ただ、その完成度の高さは認めるものの、これまでの作品ではどうしても出てくる童貞くささと痛々しい青春ものって結構苦手なので、私自身の心情としてあまり高得点はあげてなかった。
ところが、本作で私の山下監督評は大きく変えられた。
最初のタイトルを見た時、山下監督がサスペンス?と、なんか凄い違和感を持ちつつも、ひょっとしたら目先が変わって面白くなるかも?と思って拝見。
最初のうちは、いかにも。と言った感じで、半分眠ってるような田舎町で退屈なおまわりさんの日常を淡々と描く感じで話が展開。これと言って仕事に不満があるわけではないけど、何事も退屈で、このまま自分がここで埋もれてしまうことに恐怖心を感じている青年が、不仲の家族とともにやるせない日常を送っている光景が淡々と描かれていく。
それで事件が起こったからと言って、物語が急速に進展していくでなし。とっさの時にどうすればいいのか分からなくなって戸惑う主人公と、そんな主人公に対し苛立ったり、憐れんだりする町の人々。
…と、ここまではいつもの山下監督作品らしさで展開していくが、ここから主人公を置き去りにして物語はどんどん進行していく。単なる交通事故かと思ったら、そこから芋づる式にいろんなものが出てくる。この辺が今までの監督作品には見られなかった新機軸。ちゃんと緊張感のある物語が展開している。
しかし、主人公は相変わらずで、もはや自分の手では対処できないことが明確でも、それでもどうしていいか分からずにおろおろして人に流されていくうちに、いつの間にか話は勝手に進行していき、勝手に終わってしまう。
ここまで来てようやく「ああ、やっぱり山下監督だ」と思わせることになる。どんな大きな事件が起こっても、たとえ命の危機に陥らせても、主人公は薄い膜一枚隔てて、やっぱり傍観者に過ぎない。外面的にどんなに大きな事件が起きても、その当事者にとっては全部人ごと。いっそ立派なくらいに主人公は何にもしてないし、出来てないのだ。新機軸を取り入れながら、あくまで自分のスタンスを貫いた辺り、完成された技能を感じさせてくれる。
だからこそ最後に乱射が必要だったのだ。その瞬間だけ、主人公は能動的に動いているし、これまで他人のものだった事件を自分のものに出来た瞬間だったのだ。タイトルの「乱射事件」と言うのが、いっそ小憎らしいくらいに上手く働いた瞬間がそこにはあった。「乱射事件」とは、物語を完全に終わらせるための、心の整理として使われていた訳か。
そう言うわけで、本作に関しては、確かに構成の上手さを感じたし、初めて山下監督を「本当に立派な監督だ」と思わせてくれた作品だった。
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