[コメント] タイヨウのうた(2006/日)
映画を見終った人むけのレビューです。
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フォークソングというジャンルはまだ現存しているのかな? 彼女こそ正真正銘のフォークソングシンガー。2代目中島みゆきを継承するのだ!(意味がよくわからんが)。
演技の方は彼女は本職ではないしこの先こっちの方面には決して行かない人なのでこれで良し。それどころか彼女の真面目な性格と演技に対して余裕がないのが幸いしてか、ひたむきに一生懸命演技をすることで薫の役にハマってしまっている。そして彼女は薫という役をちゃんと理解している。
それに比べて親友役の通山愛里ちゃんは役を射止めたうれしさからなのかなんだかわからないが一生懸命演技しているのだがやや過剰演技で浮いていた。 で、麻木さんの演技は初めて拝見しましたが・・・あんまり上手くありませんでした(笑) この2人に五郎ちゃんが加わった3人のシーンは(一番最初は特に)変な空気が漂っていて各々独自に演技をしているのが見ていて辛かった。きっと撮影期間は短期間だったんだろうなぁ。作り手はコストばかり考えていないでこういった空気感を大事にするために出演者達が撮影に入る前にディスカッション的な時間を設けるなりをした方がいい作品できると思うんだけどなぁ。もしくは嘗ての大監督のように空気が生まれるまでOKを出さない。例え撮影期間が延期しようと・・・
ただここのコメントで書いて申し訳ないが傾向なのか流行なのか不知の病で短命に終わる主人公を描いてお涙頂戴の映画やドラマが連続で製作されているがいやらしさを感じてならない。
製作者側は「白血病」は題材としては古いからもっと何か奇病や珍しい病気はないものか?と血眼になって探している姿さえ見えてくる。(同じような人種では「もっと何か変わった部活動はないものか?」と探している製作者)
この“見えてくる”までなると俺も美輪さんや江原さんに少し近づいたのかも?と思う(笑)そして・・・つくづく黒澤や小津は偉大だなぁと思う今日この頃。
あと、“ひまわり”という花は“死”から程遠いイメージの花なのでひまわりを画面に出した瞬間は薫の死は連想しないだろうと、その後、それが実は薫の棺桶に添えられた花だったというギャップを製作者は狙ったつもりなのだろうが、あのひまわりが映った瞬間、「あ、薫が死んじゃった」と0.1秒で悟ってしまった。あの演出は逆効果のような気がします。もっともっと薫がまだ生きている(?)という演出はいくらでもできたハズ。まぁその前のシーンのフリ見てりゃわかるか(笑)
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