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[コメント] 早春(1956/日)

食べ物から見る日本。小津監督のテーマかな?
甘崎庵

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







小津監督作品で生活臭がない作品はないのだが、この作品ではそれが突出してる。しかもそこに出てくる食べ物はみんな安上がりに済む大衆食品ばかりである。裏木戸から声をかけて夕餉の支度の買い物の声が飛び交う下町。オフィスでお昼に何を食べるかさえずり合うOLの姿。気の合うもの同士が集まって麻雀をしながら飲んでる酒や同じメンバーで囲んでいる鍋。どれも決して高尚な食べ物ではなく、とりあえず飢えを満たし、専ら会話がごちそうのような食事ばかり。特に小津監督はこういう食べ物については細かい人だけど、ここまで大衆の食べ物にこだわった作品はかえって珍しいと思える。

 これらを通し、本当に徹底して庶民の目から見た日本というのを描こうとしていることが感じられる。

 そう言う意味では戦前の作品はともかく、戦後作品で、これだけ日本の状況が見える作品もあまりない。

 戦後から既に10年が経過。朝鮮戦争による特需に沸いて、日本が右肩上がりの成長期に入った時代だった。戦前の価値観は既になりを潜め、若い人間が作り出す新しい秩序が徐々に入り込み始める。思想的、経済的に日本が最も成長を遂げた時代と言っても良い。

 本作でもそれは通勤ラッシュや、仕事のきつさの中にあって、それでもたくましく生きていく若い人間達。そろそろ自由恋愛が流行りだし、中には不倫も事件として起こるようになった。

 それ自身を生業としている女性の世話をすること(表現上よくないので、敢えてぼかさせてもらってる)は江戸の昔からあったことだが、気質の家の女性が妻ある男と通い合うことは不義密通などと言われ、大事件だった。心中ものの大部分はこれがテーマになってるほどだから。

 しかし、それも価値観が変わった。「不倫」と言う言葉に置き換えられて、意識は軽くなり、立場的にもむしろ女性が強くなっていった。実際、この作品でもラストは決してじめじめしたものとはならずに、危機はあったものの、かえって夫婦の結びつきが強くなったと言った感じに仕上がっている。

 今で言うならかなり当たり前の作品。しかし、この時代に先見の明でこれを作ったという点に監督の力量があったと言えるのかも知れない。

(評価:★3)

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このコメントを気に入った人達 (2 人)ちわわ[*] TOMIMORI[*]

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