[コメント] マッハ!!!!!!!!(2003/タイ)
映画を見終った人むけのレビューです。
これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。
燃えよドラゴン以来の衝撃
小学生の頃、テレビで「燃えよドラゴン」を放映した翌日の光景をよく覚えている。クラス中の男子が「アチョー」とブルース・リー状態になり、教室はハン要塞島と化した。クラスのオハラくんは虐められ、夕方には極真空手道場に入門する奴が出て、1週間後には通販で買ったヌンチャクを学校にもってくるガキがいて、2ヶ月後にはコロタン文庫(だったかな?)ブルースリー大百科を皆で回し読みし、卒業文集の尊敬する人欄にはブルース・リーと書くガキがいた。1960年代生まれの人なら、燃えドラ放映後のあの狂騒を覚えていることだろう。(1970年代生まれならジャッキー・チェンの筈だ)恐らくはあの時、日本中の小中高校がドラゴン状態だった。
先日(7/24)昼12時半、テレビ東京で映画「マッハ!!!!!!!!」の特集番組を観て、あまりの凄さに度肝を抜かれ、その日の夕方に新宿東急で「マッハ!!!!!!!!」観た。はっきりいって凄すぎ!わしがここ10年間映画館で観た映画で文句なしのNo.1、DVD出たら絶対買います。映画史に残る名作です。
恐らくは1〜2年のうちに木曜洋画劇場か何かでテレビ放映すると思いますが、翌日、日本中の小中高校で爆発的なムエタイブームが起き、飛びヒザ蹴りで顎骨折するガキ、校舎裏に止めてある教師の車を飛び越えるガキが続出することでしょう。わしが小学生だったら今日からムエタイの特訓だな。
前評判を聞くにストーリーが陳腐だ、アクションだけだ、どこに目をつけてるんだこの唐変木なコメントが目立ちますが、さにあらず。カメラワークは美しいし、肉体美の魅せかたもいいし、ストーリーも単純だけど破綻はないし、よくあるアジア産の荒削りな映画とは違う素晴らしい作品です。なんか政治的策略のニオイの強い韓国映画マンセー恐らく満鉄調査部(現・電通)の翼賛ぶりとは違った、ホンモノのエンターティメント映画です。観るべし!
あらすじ(2/3ネタバレ注意) さてさて、ちょいとストーリーをネタバレ2/3で・・・いや、仮にネタバレしてても十分楽しめます。言語に絶する映画です。 マッハ!!!!!!!!はタイの片田舎、背中にドロを塗りたくった精悍な男達のシーンから始まります(これがとても美しい!)。村にある大木の上に掲げられた赤い旗を奪い合うお祭りのシーンなんですが、これってJチェンの「ドラゴンロード」における6000人金の玉争奪戦のオマージュでして、主演トニー・ジャーの並々ならぬジャッキー・チェンへの愛を感じさせるオープニングです。その争奪戦に勝利した若者こそが、主人公のティンことトニー・ジャーなのですね。
ティンは孤児でして寺で育ち、老僧からムエタイを修得しています。ムエタイは海外ではいつの間にキックボクシングなどと妙な訳語で紹介されてしまいましたが、ムエタイはムエタイ、タイ産総合格闘技でして寧ろ拳法と呼ぶにふさわしいものです。武術というのは古今東西を問わず、精神性を重んじ、寧ろ哲学と呼ぶに相応しい体系を作り上げます。ムエタイも然りでして、修道の場は寺、これは少林寺拳法も同じですね。強いだけなら獣と同じです。強いからこそ、武を使うときには高い精神が求められるのです。K−1ってのはそこらへんが駄目だな。最近は八百長くさいし。
村のお祭りの中心は、仏教国タイですから当然お寺です。村人たちの信仰を集めているのがオンバクと呼ばれる仏像。そこに都会バンコクで仏教美術を海外に密輸する悪の組織の一員になったチンピラ「ドン」が帰郷してきます。ドンはある老夫婦の持つ小さな石仏に目をつけます。ところが、老夫婦は、これは自分の息子が出家するとき(タイでは成人は一度は出家する習慣がある)にあげるものだと、大金の申し入れを拒絶します。その息子とは準主役のジョージ、首都バンコクでチンピラ暮らしを続けている不肖の息子なんですね。ビートたけしにちょっと似ている。
ちなみにタイは仏教芸術の宝庫でして、東南アジアで唯一植民地にならなかったためか、地方には多くの古い仏教芸術が眠っております。大英博物館へいくと世界中でロイヤルネイビーが泥棒しまくった仏像が多数陳列してますが、タイ王国はその法難を免れた希有な国です。日本でいいますと岐阜の山奥の一般農家に円空仏が転がっているようなもんですかな。
ですので、タイは法律で仏像の国外持ち出しを禁止しています。信仰の対象ですから壊れたものですら、欠片ですら駄目なのです。当然、闇の仏教芸術ブローカーが暗躍する下地があるのですね。
ドクは故郷で受け入れられない腹いせに、村の大切な仏像オンバクの首を切り取り、持ち去ってしまいます。翌日、敬虔で純粋な仏教徒の村人は大騒ぎ、そこで立ち上がったのが村の英雄ティンです。僕がドクから仏像を取り返す!と
旅立ちのシーン、とても美しいものです。ありふれた、日本でも四国のど田舎あたりのごく普通の風景、老夫婦は息子(ジョージ)がバンコクで力になってくれるとティンに手紙を託します。子供がティンにと汚れたシャツの下からコインを差し出します。すると村人たちは・・けして紙幣ではなく小銭をティンへと託します。このあたりの描写のテンポが速すぎて、小津ヤス以降情緒的スローモーな呪縛にとらわれた日本人としては、おいおいもう行っちゃうの?なんですが(笑 いいシーンです。
なにかとアクションシーンの凄さだけが強調される映画ですが、南国の赤茶けた風景のまた美しいこと。かなり叙情を誘ういいカメラワークです。
ティンはバンコクでジョージとコンビを組む孤児の少女ムエと出会います。でまぁムエは広末涼子に似ているのでヒロスエとしておきましょう。ところが荒みきった生活を送るジョージは、ティンのお金、村人から預かった大切なお金を持ってバイクで逃げてしまいます。行き先は仏像密輸団の首領コム・タンが経営する地下クラブ。ジョージはそこで毎夜繰り広げられるストリートファイトに村人の金を全部賭けてしまいます。ティンはジョージのバイクを見つけ、地下クラブへと足を踏み入れます。
さて、その地下クラブというところがタイの社会をとてもよく表現しています。タイは事実上華僑と印僑に乗っ取られた国でして、仏像密輸団の首領コム・タンもまた華僑と思わしき人物です。米軍基地もあり、白人黒人も多数たむろしています。ヒロスエの姉はそこで売春婦をしています。華僑を中心とした金持ちな外国人と貧乏なタイ人の縮図が見事に表現されているのですね。
ジョージは賭けに負け有り金を全部すってしまいます。ティンは金取り返そうと両替所へ足を踏み出したとたん、次のリアルファイト、挑戦者と誤解されてしまいます。ティンはパールハーバーと称する白人ファイターを一発の蹴りで沈黙させてしまいます。その一発の蹴りの早いこと早いこと・・・まるで居合いです。そして、両手を合わせて一礼。
勝者には賞金が支払われます。ところが、ティンは賞金を受け取ろうとはしません。村人たちから預かった汚い布きれに包まれたお金だけを持って静かに地下クラブを後にします。ジョージはティムを利用して金儲けをしようとしますが、まじめなティムは申し入れを拒絶します。ティムは寺院へ赴き仏像を前に祈りを捧げます。師匠から使用を禁じられたムエタイを使ってしまった自責があるのでしょう。ジョージは老父母からの手紙を読みますが、馬鹿馬鹿しいと捨ててしまいます。
翌日、ジョージはヒロスエと組みイカサマ賭博で金を稼ぎますが、それがバレてさぁ大変。偶然通りがかったティムに助けを求めますが、ティムは無視して立ち去ろうとします。しかしヒロスエの悲鳴にティムは助太刀をし、敵を一撃でなぎ倒してしまいます。ところが・・・敵は助っ人を呼んで3人に迫ってきます。
そこから3人が逃げるシーンは映画史に残る名シーンでしょう。CGを使わず、ワイヤーを使わず、スタントマンを使わず、早回し編集をせず、空前絶後の逃走劇が始まります。ガラスの隙間をバク転しながらすり抜ける、60cmの鉄条網をくぐり抜ける、追いつめられても敵の肩の上を歩く、車の下を開脚したままくぐり抜ける・・・etc。ジャッキーチェンのプロジェクトAにおける自転車チェイスを彷彿させますが出来映えはプロAを遙かに凌駕します。私はここまでかなり、あらすじ ネタバレを話していますが、実際に映画館でこの映画を観れば、それが実に些細なことだと分かるでしょう。私の人生において、こんなに凄い映像にお目にかかったことはありません。映画館で立ち上がりたくなりましたよ。
逃走劇を通じて、ジョージとティムは和解します。そしてジョージはドクが麻薬を売りさばいている場所、あの地下クラブへとティムを案内します。ところが、そこでは外国人(恐らくアメリカ人)が、ムエタイなど強くない、タイの男は腰抜けだと、クラブで下働きをしているタイ人を侮辱します。それに立ち向かう勇気あるタイ人もいますが、うち負かされ、女の子は陵辱されます。ティムは・・老師との約束もありますのでじっと我慢をし、ドクを探し続けます。ジョージとヒロスエはティムにあのタイ人を助けてと懇願し、ティムはようやく立ち上がります。
その後のリアルファイトの凄さについては映画館で確かめてください。とても文章で表現する自信がありません(ネタバレ禁止&凄すぎ!)。
戦いが終わった時に、あれほどいがみ合っていた外国人、黒人が手を差し出します。ティムは一瞬躊躇しますが・・・黒人は親指を出して、コインを弾きます。勝者への惜しみなき賞賛が、コインとなって闘技場へと降り注ぎます。タイ人社会と非タイ人社会のわだかまりを、一人の勇者がうち崩したとても美しいシーンです。
あまりネタバレするのも難なので少し飛ばしますが、タイ名物三輪タクシー”トゥクトゥク”を使った空前絶後のカーチェイスの素晴らしいこと!このシーンも必見だぁぁぁぁ(゜;)/
普通のカーチェイスでも凄いのに、三輪であることの特徴を生かした素晴らしい出来映え! この監督は小道具の特性を実によく分かっています。三輪トラックの横倒ししやすさ、そして、まるでバイクのようなジャックナイフ・ターン。アホなアメリカ人がただ車ぶつけて火ぃ吹いて飛びあがるのとは一味も二味も違うテイストです。ラストのトゥクトゥクがビルにぶち当たるシーンなんざ、横1〜2mに生身の人間立っているんですぜ。どうやって撮ったんだ?
とまぁ2/3ほど解説したところなんですが・・・これからもムエタイアクションが最後までこれでもか!これでもか!これでもか!っと続きまくり、炎のキックシーンだ、推定50人ぶち倒しガチンコムエタイシーンだ続きますが、これ以上書くと本当にネタバレで東急・松竹から苦情が来そうなのでよしておきます(笑
いやはや、もう惚れまくりましたね、トニー・ジャーに。顔がいまいちブサイクなんで女子供にゃウケないであろうが、男が惚れ込む漢こそ、真の男だとわしは思いますよ。家のマックの壁紙も今日からマッハ!!!!!!!!になっております(笑。
トニー・ジャーは男らしさを感じる久しぶりの映画俳優だ。
さてさて、私が反吐が出るほどキライな言葉に「自分らしく生きる」があります。自己実現だ個性だ知らねぇが、まったく方向性の見えてこない、要するに「単なるワガママ」を言い換えた言葉です。ジェンダーぶっこくフェミ学者、きまってショートカットの女が「男らしく」「女らしく」を不自由な生き様として目の敵にし、自由に生きる方便として「自分らしく」を多用していますが、これには全くもって方向性を示すモデルが見えてきません。私には宅間守こそ、自分らしく生きた人間の典型例だと思いますけどもね。
「男らしく」はどこかにモデルとなる人物が、方向性があるんです。映画の世界でいえば、仁義無き戦いの菅原文太のように、網走番外地の高倉健のように、七人の侍の三船敏郎のように、ゴッドファーザーパート2のロバート・デ・ニーロのように、カサブランカのハンフリー・ボガードのように。
映画館を出た人が、ブンタに高倉健に、ブルースリーに、デ・ニーロになれた時代がありました。しかし今、マトリックスを観た後にキアヌ・リーブスに、スパイダーマンを観た後にトビー・マグアイアに、トゥーム・レイダーを観た後にアンジェリーナ・ジョリーになれますか? なれる筈が無い。だってウソなんだもの。
CGだワイヤーだ早回しのウソは映像としての完成度はあるかも知れませんが、確実に俳優のカリスマを犠牲にしてしまいます。つまり銀幕の中に英雄がいないのです。
トニー・ジャーはアクション映画におけるNEO(マトリックス)そのものだ。
でも、マッハ!!!!!!!!のトニー・ジャーの演技にはウソはありません。アクションスターが電子の中で、まるでマトリックスのようにしか存在しえない今、トニー・ジャーはホンモノの演技で私たちを魅了します。そこには、同じ人間として、彼になれるかもしれないという可能性を、方向性をガキ共に示してくれます。20数年前、燃えドラ放映後のあの熱狂は、誰もがブルースリーのようになりたいと、可能性は0ではないと、思ったからです。ブルースリーは正に希望の星、スターでした。トニー・ジャーは久しぶりに映画で「男らしさ」を感じ、彼のように生きたいとガキ共を魅了する英雄です。今、世界で彼に比類するアクション・スターは存在しません。
恐らくはこの映画観てもっとも衝撃を受けているのは、ジャッキー・チェンでしょう。彼もスタントを使わず、ガチンコの演技でスターの座にのし上がりました。しかし、ハリウッド進出と同時に、単なる動きの良いカンフー役者としてタキシード着て動く(映画タキシード)まで落ちぶれました。年齢もあるでしょうが・・・
私はこの映画を、新宿東急で夜8時20分の回に観ましたが、客の入りは3割程度とかなり悪いものでした。売店ではパンフ以外のグッズもサントラCDも無く、あまり宣伝がうまくいってないように思いますが、マッハ!!!!!!!!は映画史に確実に残る、燃えよドラゴン級の大傑作映画です。
平成16年7月25日記
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