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[コメント] サーカス五人組(1935/日)

これも昔の映画によくあるフェイクのようなタイトルだ。多分「なんだよ、サーカス5人組じゃないじゃないか、ジンタ5人組だろ」と云わせるために付けたタイトルだろう。
ゑぎ

 とは云え「サーカス五人組」も全く見当違いというわけでもなく、そういう展開になりかける、というのがまた捻ったところだ。

 クインテットの配役を紹介しよう。大太鼓とシンバルが宇留木浩、小太鼓は御橋公、トロンボーン−藤原釜足、クラリネットは大川平八郎、トランペットにリキー宮川。旅暮らしのジンタの彼らが、ある港で曲馬団の一行と交流する数日の様子が描かれた映画。「ジンタ」は今では使われない言葉だが、こゝではチンドン屋のような小楽隊のことだ(「チンドン屋」も今では使われない言葉かも知れないが)。曲馬団の団長は丸山定夫。その娘(姉妹)に堤真佐子梅園龍子。妹の梅園と恋仲の曲芸師で加賀晃二。この2人の関係はすぐに示されるので、姉の堤をめぐるジンタの連中、といった展開が予想される。中では藤原が一番好色な男に描かれていて(旅館の女中に襲い掛かったりする)、彼を追って来た(旅路の途中で懇ろになったが捨ててきたと思われる)清川虹子が絡むのと、後半になって、曲芸団のマネージャーのような男−森野鍛冶哉が場を回し始めてやたら目立つ。この辺りまでが主要人物と云っていいだろう。

 先にラストシーンのことを書いておきたい。全体、各シーンのきめ細かなカッティングやシーケンス導入部に驚きを与える繋ぎを持ってくるといった成瀬らしさは既に完成の域に達しているとは思うが、ただし、少々雑駁なプロット構成にも感じられる作品だ。しかし、このラストシーンは得も云われぬしっとりとした演出・編集じゃないか。ジンタの5人に清川と堤を加えた6人の配置と空間の造型、堤と大川の会話場面の間然するところない構図とカット繋ぎ。これこそ、誰も真似のできない成瀬の演出だと思う。

 あとは、人によってはブツ切りに感じられるかも知れないが、各シーケンス導入部で驚きを与える例をあげてみよう。まずは、冒頭近く「次は小学校の運動会だな」という科白に続いて、誰もいない運動場の体操器具(肋木)の前に時空が飛ぶ繋ぎ。あるいは夜の旅館のシーンで、藤原以外が曲馬団の音楽に誘われて外に出た後、いきなり女中が「イヤな客だよ」とか云いながら逃げるショットを繋ぐ処理。次に唐突に暗闇で堤が男に襲われ、宇留木とリキーが助ける展開(これも藤原が襲ったと分かる)、他にも、曲馬団に急遽雇われたジンタの5人が、演奏だけでなくソロ歌唱や曲芸ができないかと云われ、リハーサルする場面に続けて、いきなり団長の丸山が拳銃を撃つショットを繋ぎ、客も入った本番興行シーンになるといった処理もあげられるだろう。

 また、これは多くの人が同意されるところだと思うが、とても多彩な音の映画になっているという点だ。まだトーキー初期の成瀬にとって、ロケーション撮影での音の使い方を試みる良い機会だったのだろう。勿論、題材からの要請で、既存曲の活用もあるけれど(「蛍の光」「美しき天然」「メリー・ウィドウ・ワルツ」「ツィゴイネルワイゼン」「トロイメライ」「ドナウ川のさざ波」。あと、リキー宮川の「ダイナ」の一節を聞くことができる)、環境音としての、ヒグラシ、ツクツクボウシ、アヒル、スズムシといった鳴き声の効果音は顕著だろう。ちょっと試し過ぎの取ってつけた感もする。

(評価:★3)

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