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[コメント] 月は上りぬ(1955/日)

田中絹代監督第二作。前作『恋文』は木下と成瀬、本作は小津のバックアップがあったことが伝わっているし、本作は、助監督の齋藤武市が、自分と今村とで、かなり演出した、とも云っているが、実態がどうあれ、完成した成果物だけを楽しむ私たちにとっては、第一級の作品だ。
ゑぎ

 冒頭は奈良の風景。東大寺金銅八角灯籠(笛を吹く菩薩像)のカットでタイトルイン。続いて、謡いの練習をする十数人の男女のシーンになり、笠智衆山根寿子杉葉子北原三枝安井昌二など主要キャストをほとんど見せるのだが、カメラは、ほゞ人物の目線位置だ。とても素直に繋いでいる。全般に屋内の会話シーンでも端正なアクション繋ぎを行っているし、例えば、二月堂で、北原と安井がぶつかるカットをアクション繋ぎでロングショットに転換する演出なんかは小津っぽくも感じるが(『宗方姉妹』でこんな繋ぎがあったと思う)、カメラ位置は小津とは違うし、田中絹代のディレクションではないかと思う。

 本編クレジットもそうだし、各映画サイトでも、笠智衆から年長順をベースに出演者が記載されているが、実は、圧倒的に北原三枝の出番が多く、彼女が純然たる主役と云っていい。まだキャリア3年目ぐらいの北原の演技は、斎藤と今村がしごいた結果かも知れないが、良いシーンが目白押しで、やはり画面の質的な功績は監督のものだろう。

 印象に残る良いシーンを少し上げると、例えば、北原が廊下を走って来て安井の部屋に入り、いきなり上着を投げる演出。これが彼女の最初の見せ場なのだ。あるいは山並みをパンニングした後、若草山の安井とその友人、三島耕の場面に繋ぐが、こゝに、犬を連れた北原が登場する。この画面への、若草山らしい斜面の定着には惚れ惚れする。あと、猿沢の池の場面が2回出て来る。一度目は、杉葉子(北原の姉)と三島が歩くシーン。2度目は北原と安井。月を含めた背景はいずれも書割の絵との合成だと思うのだが、この画面造型も見事なのだ。そして本作中、私がもっとも感銘を受けたのは、ラスト近くで、北原が、安井と仲直りする直前の廊下を歩くカットなのだが、暗い中、斜光が射しており(月明りということだと思うが)、なんとも幻想的なカットになっている。こういうカット挿入の感覚が、田中絹代らしさじゃないだろうか(偶然の産物かもしれないが)。

 尚、杉と北原のシーンで、北原には、椅子に座ってストッキングを脱ぐカットがあり、杉も着物から普段着へ着替える際に、上半身スリップ姿になる、という部分があるのだが、こういう露骨なサービスカットの連打を、どんなつもりで演出したのだろうと複雑な気持ちになった。

(評価:★4)

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