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[コメント] グレムリン(1984/米)

たった3つの約束が守れないところに人間の弱さ卑しさと面白さ、物語の序章と展開が滲み出てくる。そして、この映画をファミリー映画ではなく、『家族で見る保護貿易主義入門映画』だとして覚悟してみるべき珍品であり、ぶっちゃけチェラブーシカのパクリのギズモはブサ可愛い。
ジャイアント白田

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







…って、題名の『グレムリン』は、クレムリンをもじったアメリカンテイストの粋な演出?わかりやすー。

で、とりあえず、日光に当たると死ぬ、水に濡らしてはいけない、真夜中を過ぎてから餌をやってはいけない、この3つを検証してみる。

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『明るいところへ出さないこと。日光に当たると死ぬ。』

→十中八九“明るい”と“日光”は原爆のピカだと想像できる。また、ミサイルなどの武器が日に当たるということは武器の使用を意味するので明るいところへだしては平和を維持していけないことを意味するのではないだろうか。

ひねくれた見方をすれば、共産主義を日に当てるなという体制の意志を感じる。日に当ててしまえば自陣の考えに内在している、怪臭放つ矛盾が露呈しまくるから。

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『水に濡らしてはいけない』

→殺しは憎しみを生み、憎しみは新たな憎しみを産み続けることを意味するのだろう。あの斬新なグロテスクな映像で表現した、意欲溢れる増殖シーンは子供にとってトラウマになる可能性を秘めており、大変優れたアイデアだと言えるのではないだろうか。そして、水は涙をも含めた表現だとすると、涙を流させる所行はしてはいけないことを言っているのかもしれない。涙を乾かす為に新たな涙を流すことになるのだし。

ひねくれた見方をすれば、共産主義は潔癖だから洗う必要がない、または、大躍進政策で見られたように、無計画の木々の乱伐による大洪水被害を高度なユーモアで表現したとも言える。自陣の思想万歳を的を射た表現で成しえた。

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『どんなにねだられても真夜中を過ぎたら餌をやらないこと』

→言わずとしれた米国のダブルスタンダード外交の醜さ、矛盾を差ししめているのかもしれない……と、これはチョット飛躍した考えなので、恐らくは、恐いお顔のお兄さん組織に所場代や用心棒代を払っては住み良い社会を構築できないのだ、という事を言いたいのかもしれない。

ひねくれた見方をすれば、「どんなに東が経済援助を求めてこようと、思想を我々に合わせなければあげない。」と言うユニラテラリズム溺愛家、ネオコンサバティブ同好会の奴らの腹の内の一端を的確に描写したのかもしれない。

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…いずれにしても、母親が凶暴化したモグワイを殺すシーンは閉塞感が占拠する、典型的アメリカ人家庭を具現化したリアリティ溢れる映像だったのかもしれないと想像すると、あの時代の吐息が耳元で聞こえてきそうである。それから、外国車がフォルクスワーゲンではなくて日本車だったら良かったのだが、製作総指揮にスピルバーグだからそれは却下だったのだろうと思うと、黒澤明の後光は強しといったところか。

と、どこまでも強引に飛躍して書き込んでいけるB級映画は珍しい。だから5点。

2003/4/7

(評価:★5)

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