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[コメント] ソウル・オブ・マン(2003/米)

無音の宇宙空間にブラインド・ウィリー・ジョンソンの『Dark Was The Naght』が満ちる。『2003: A Blues Odyssey』ってか。事実とは云え大袈裟なことをしたもんである。ヴェンダース映画として、或いは音楽ドキュメンタリとして、けして良い出来とは云えないが、孤独なブルースファンの俺としては5点以外はつけられない。以下、楽曲解説と推薦盤の紹介。
町田

ブラインド・ウィリー・ジョンソン(1902、3?‐194?)テキサス出身

ヴェンダースとブルース、云えば真っ先に想起されるのが『パリ、テキサス』で印象的に使われたブラインド・ウィリー・ジョンソンの♪「Dark Was The Night,Cold Was The Ground(夜は暗く、土は冷たく)」である。ヴェンダース本人もそれは充分意識しているようで、本作で真っ先に掛かったのもこの曲だった。B・ウィリーに拠るこのオリジナル・ヴァージョンは、『パリ・テキ』のライ・クーダーバージョンと異なり、歌入りで、彼独特の搾り出すような濁声が存分に味わえる。

再現映像で、酒場の軒先で女性ヴォーカリスト(=ウィリー・ハリス)と共に歌われていたのは♪「John The Revelator(預言者ヨハネ)」だったか。私はそれが作り物であることが判っていたのに、涙を抑えられなかった。映画『ブルース・ブラザーズ2000』の重要な教会のシーンで歌われたのはこの曲で、タジ・マハールサム・ムーア(サム&デイブ)から、”改宗”した黒人警察署長ジョー・モートンへと歌い継がれていく、かなり高揚感溢れる好ヴァージョンであった。

映画のタイトルにも使われた♪「Soul Of a Man(人の魂)」は、何処で掛かっていたか。やはりウィリー・ハリスとのセッション曲で、「誰か教えてください、人の魂とは何ですか?」という歌詞がとっても印象的。

他に♪「Trouble Will Soon Be Over(悩みはほどなく消えていく)」も使われていた気がする。カントリー風の軽快なピッキング・ギターに、ダイナミックな濁声と、ハリスの清涼感溢れるコーラスが乗る名曲。

以上の曲は全てSONYから発売されている二枚組「ブラインド・ウィリー・ジョンソン/コンプリート」に収録されている。全30曲の中にはレッド・ツェペリンが無断使用した♪「Its Nobody's Fault But Mine」、やはりツェペリン、ボブ・ディランも歌っている♪「Jesus Make Up My Dying Bed」、クラプトンが歌った♪「Mather's Children Have a Hard Time」も含まれていて、戦前ブルースの入門盤としても最適である。Amazonで在庫切れのところを見ると、絶盤なのかも知れないが、大型レコードショップの店頭になら未だデッドストックが残っているだろうと思われる。映画を観て、彼のスライドギター、濁声に心を奪われた方、是非お早めにお買い求め下さい。

さて、映画ではマーク・リボーという現役ミュージシャンが♪「Dark Was The Night,Cold Was The Ground」をカヴァーしている。日本の映画ファンに今や馴染み薄かも知れないが、彼は『ダウン・バイ・ロー』に出ていたジョン・ルーリー率いる”ラウンジ・リザーズ”の元メンバーで、かつ、同作主演トム・ウェイツの最高傑作アルバム「レインドッグ」や、エルヴィス・コステロ中期の名盤「スパイク」などでも主役を喰うほどの個性的な音を出している、裏’80年代を代表する名物ギタリストである。現在はキューバ・ミュージックを独自に解釈の元再構成したアルバムを連続リリースしているとのこと。

スキップ・ジェイムズ(1902‐1969)ミシシッピ出身

ヴェンダースが紹介した三人のうち、ブラインド・ウィリーとこの”スキッピー”は戦前ブルースメンの中でも、例えばロバート・ジョンソンブラインド・レモン・ジェファスンなどの大御所とは違って、技術云々を抜きにしても存分に愉しめる、直接的に心を揺すぶって呉れる、そういうブルースメンである。私が彼の♪「Devil Got My Woman」を初めて聞いたときの衝撃、この曲抱いている思い入れや印象に付いては、この曲が重要な役割を果たす『ゴースト・ワールド』の稚コメントを参照してもらうこととして、ここでは割愛させて頂く。

スキッピーが牧師へと”スキップ”する、その直前に酒場で歌われていたのは♪「Cypress Grove Blues」。「Devil…」と良く似てるが、こちらは所謂「三行ブルース」で歌の部分が多い。その所為か「Devil…」程の重みの感じられない、比較的平凡な出来に留まっている。

♪「Cherry Ball Blues」は、映画ではレコーディング助手の女性の赤いイアリングを見つめながら歌われている。セクシャルかつ未練たらしい歌詞は如何にもミシシッピ的で、ロバート・ジョンソンなどへの影響も窺える。またこの曲はライ・クーダーが、そのサードアルバム「流れ者の物語」(←傑作です)でも取り上げていて、それは歌の入ってないインストヴァージョン。

♪「Illinois Blues」も使われていた。この曲は、映画でもそうだったが、ノイズが余りにも酷く、ちょっと厳しい。映画ではアルヴィン・ヤングブラッド・ハートなる物凄い風貌の黒人ブルースマンがカヴァーしていたが、これが中々良くって驚いた。まず声がいいし、ギターも滑らかで高揚感があり、なんというか、スキッピーの呪術的な感じを、とても巧く、現代的に解釈していたと思う。

♪「Hard Time Killin' Floor Blues」は、コーエン兄弟の映画でロバート・ジョンソンを模した黒人ブルースマンが焚き木のシーンで歌っていた曲でもある。限りない黒人の苦難を歌った曲で、サビの部分に入る「Ho,Oh,Ho,OH」というフクロウのような鳴き声は、余りにも哀しい。映画ではルシンダ・ウィリアムズがカヴァーしていたが、正直最悪だった。前半でいらないシーンを上げろ、と云われれば、私は真っ先に彼女がこに曲を歌っているシーンを選ぶだろう。

♪「Jesus Is A Mighty Good Leader」は、云うまでも無いことだが、歌詞的にも、曲調的にもゴスペル的で、映画ではスキッピー失踪の手掛かりとなる曲、として扱っていた。この系統の曲としては他に♪「Be Ready When He Comes」というのもある。

クリームがカヴァーした、と映画の中でも紹介されていた♪「I'm So Glad」は、私も(一応、シンガーである)たまにセッションで取り上げるノリノリの曲。ラグ的であり、ゴスペル的であり、そしてグランジ的でさえある名曲だ。映画ではベックが、ブルースハープとギターでカヴァーしてたが、馬鹿馬鹿しくってとっても良かった。

ジョン・スペがカヴァーしておったのは♪「Special Raider Blues」。ファンの方には申し訳ないが、選曲的にも演奏的にも奇を衒いすぎた感があり、全然良くなかった。シャッフルビートがドアーズっぽいので、それで選んだのかもしれないが、どうせならジムの歌で聞きたかった。

スキッピーが’31年にパラマウトで吹き込んだ全18曲のうち、5曲はピアノ伴奏で歌われている。♪「22-20 Blues」はその中でも最も有名なセックシャル・ソングで、ロバート・ジョンソンの「32-20 Blues」の元ネタだろうと云われている。他のピアノ曲に比べると、音質が圧倒的にクリアでとても聞き易い。足踏みの音もちゃんと聞き取れますよ。

ヴェンダースが取り上げた現役ミュージシャンによるカヴァーヴァージョンの内で、私が、最も忠実に、最も巧みに、”ブルースのブルースらしさ”、を再現している、と感じたのがボニー・レイットだ。一時はリトル・フィート入りさえ噂された実力派で、シェリル・クロウ好きの人には特にお勧めしたい女性シンガーだ。この人のなぞるブルーノートは、本当に気持ちいいくらい、艶っぽい。

映画では、’60年代半ばに瀕死の状態で再発見されたスキッピーが残した二枚のLPを纏めた「スキップ・ジェイムズの世界」(国内廃盤:未聴)からも、数曲紹介されている。♪「Crow Jane」と♪「Hosptal Center Blues」がそれだが、正直、戦前ほどの魅力は感じなかった。ニューポートでの演奏も演奏自体は精彩を欠いたものだった。

スキッピーのお薦め盤としては、なんといってもコレ。Pヴァイン(ブルース・インターナショナル)が編集した「キング・オブ・ザ・ブルース8/スキップ・ジェイムズ」。上記の戦前パラマウント録音18曲、その全てが収められている。現在入手しにくい戦後録音盤を探す前に、まずはこいつをゲットしましょう。

J.B.ルノワー(1929-1967)

私は、戦前ブルースのファンであり、ルノアーのことは、名前は聞いたことがあっても、実際に音を聞いたことは無かった。この映画を観た一番の収穫は、ヴェンダースが思い入れたっぷりに紹介したルノアーの、音楽と詩の世界に初めて触れることが出来た、そのことに尽きる。音楽ドキュメンタリ的見地から見て、豊穣でバラエティ豊かなブルースの歴史を、ルノアーのプロテスタントソング一つに収斂しまうことは、矮小化、誤り以外の何モノでもないのだが、それはそれ、貴重な映像を拝ませてもらったのだから、好しとしようじゃありませんか。

とりあえず私が買おうと思っているのは、Pヴァインの直輸入盤「ザ・モジョ」ですな。スコセッシ監修盤は映画で使われた曲が殆ど入ってないではないか。アホか。

それと、映画ではジョン・メイオール&ブルース・ブレイカーズの♪「The Death Of J.B.Lenoir」がかなり印象的に使われいた。オリジナルヴァージョンがサントラに収録されている模様なので、それだけでいいやと思う人が大半かと思われますが、しかし私はここで「ベスト・オブ・ジョン・メイオール&ハートブレイカーズ 1964-69」を強くお薦めしたい。メイオールと云うと大抵「ウィズ・エリック・クラプトン」だけで通過されてしまうのだが、かのグループのそれ以前楽曲♪「クロウリング・アップ・ア・ヒル」は、一時期流行したオムニ「モッズ・シーン」にも収録されていない知られざるMODSの名曲です。

ルノアーをカヴァーしていた現役ミュジーシャンについていちいち語ることは、蛇足以外の何物でもないので割愛するが、ニック・ケイブTボーン・バーネットロス・ロボスと映画ファンにも縁の深い面子が揃っていたことは興味深かった。やはり、映画に自ら進んで出ようなどと言うミュジーシャンはアメリカでも多くは無いのだろう。

この映画は、ブルースを愛する人、ブルースに少しでも興味がある人の為に作られた、紛れも無いブルース映画である。ヴェンダースが好きで、ブルースには全然興味が無いけど、一応彼の監督作品は全部観ておかなければ、なーんてスノッブな映画オタクには、全く用の無い、それこそ純然たるブルース映画だ。

私には判らない事がある。それは何故、この映画の日本封切が六本木ヒルズなどという不似合いな土地でなされたのか、ということだ。配給会社はいったい、何を考えているのだろうか。頭がおかしいかとしか思えない。てか馬鹿だ。これを決めた人間は、左遷か、降格されるべきである。そして、落ち込んだ気持ちで、もう一度、ブルースを聴きなおしてみるがいい。(@バウスシアター/爆音ナイト)

(評価:★5)

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