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[コメント] ボビー・フィッシャーを探して(1993/米)

誰も彼を探さなくて良い。彼は日本にいた。
minoru

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
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子役をはじめ俳優たちの演技が良い。

2004年8月20日現在、ボビー・フィッシャーが無効旅券で入国したとして日本で拘束されている。 経済制裁下の旧ユーゴで世界選手権を戦ったことがアメリカ合衆国の法律に触れて起訴され、日本に逃亡していたそうだ。

世界選手権を戦ったロシアの宿敵スパスキーはボビー拘束のニュースを聞いて「彼を捕まえるなら私を彼と同じ部屋に入れて欲しい。チェスセットと一緒に」と言ったそうだ。 彼らはチェスを通じた深い愛でつながっている。 愛を「友情」と言い換えても良いが、チェスの極北を見てしまった者同士にしかわからない言葉を越えた深い共感を「友情」と呼ぶには軽すぎる気がする。

この映画は彼のことを描いた映画ではない。 彼の神話的な失踪を通底音として、幸福とは何か才能とは何かという問いを子どもの視点で描いている。 ボビーはいわゆる普通の生活者じゃないんだろう。 社交性がなく、人前に出るのを極端に避ける。 しかしそれを「天才と狂人は紙一重だ」といった紋切り型の理解で済まさないでほしい。

拘束のニュースを知ってからずっと気になっていたが、昨日のニュースでは日本チェス協会の女性と結婚するそうだ。 それでも今後日本に住めるかどうかわからないらしい。 「救う会」も結成され、良い方向に進むのを願うしかないが、絶対アメリカに引き渡してはいけない。

この映画のラストで、主人公の少年は対戦相手に引き分けを申し込む。 自分が勝つことがハッキリと見えたのにもかかわらず。 相手を敗者にして傷つけたくない。勝つのが目的じゃない、ただ僕は楽しくチェスがしたかっただけなんだ。 ゲームに勝ったあと彼がつぶやく「引き分けにしたかったのに」というセリフは心揺さぶられる。

チェスと将棋の大きな違い(のひとつ)は「引き分け」があることで、高度なプレイヤー同士の対戦になるほど引き分け試合が増える。 コマは白黒だけど将棋のように必ず白黒がつくと限らないのがチェスで、だからゲームとしては将棋のほうが面白いという人もいる。 勝ち負け以外に引き分けという道もあるのがチェスのエレガントなところだ。 白か黒かの決着を目指して脳をフル回転させながら、白でも黒でもなく、灰色でもない、透明な結末を許容する。 ボビーの不運はアメリカ人だったことで、透明な結末で戦いを無化する知恵を持たない国への失望が彼を逃亡者にさせたのかもしれな い。 日本という灰色の国で透明な生き方が出来るのかどうかわからないが、あのボビー・フィッシャーが日本にいて、日本人と結婚し、日本に住もうとしている。 これは驚くべきことであり感動的なことだ

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (4 人)chokobo[*] ミッチェル ジャイアント白田

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