コメンテータ
ランキング
HELP

[コメント] 予告された殺人の記録(1987/仏=伊=コロンビア)

そうか、判った・・・・・のか? 本当に?
Ribot

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 この映画を最初に観たとき、何とも言えない欠落感を覚えた。気にはなっていたのだが、予告殺人というショッキングな不条理性が私の中では優先してしまい、深く考えることを半ば放棄していた。「これではいけない」、そんな思いで久しぶりに映画を再見してみた。

 やっぱりおかしい。何かが足りない。アンヘラの相手は本当にサンティアゴだったのか? そんな下衆な詮索をしているとき、一人の怪しい人物が私の中でクロース・アップされてきた。その人物とは・・・

 アンヘラのお父さん、あなたです。映画の途中まで出番が少ないとは言え、そこそこの存在感を示してましたよね。娘姉妹の喧嘩を一喝したり。処女性を重んずる村だから、父権もさぞかし幅を利かせていたことでしょう。そんなあなたが、アンヘラの結婚式以降、姿を見せないのは何故なんですか?

 あなたを怪しいと睨んだ最大の理由。それはアンヘラが処女ではないという理由で実家に戻されるシーン。戸をドンドン叩くバヤルドの対応をするのが母親。泣きながら部屋に駆け込むアンヘラに「相手は誰だ」と問いつめるのが、やはり母親と二人の兄。お父さん、あなたは何をしていたんですか? 家族が怒鳴り合っているのに、気づかずに寝ていたとでも言うんですか? 私にはピーンときました。そこに行きたくなかったんでしょう? 行けない理由があったんでしょう?

 だって不自然ですよ。嫁入り前の若い娘がいる家庭で、その娘が処女であることに一番こだわりを持つのは、普通父親でしょう。ましてやあなたは家長であり、家族の誰より家の名誉には神経をとがらせるはず。あの村では「結婚前の娘は純潔であるべき」という古い考え方が支配していましたから母親も二人の兄も大騒ぎをしたんですが、あなたの姿がそこにないのは、やっぱり不自然。私が覚えた欠落感はあなたの不在だったのです。二人の兄は殺人を犯すことで家の名誉を守りました。あなたは殺人を許すことで自分を守ったのです。

 原作にあたってみた。何でも実際にあった事件をモデルにしているらしい。関係者に配慮しているためなのか、アンヘラの本当の相手に関する示唆を意識的に避けているように思える(それだからこそミステリー性、不条理性が高まるのだが)。私が怪しいと睨んだ場面も、父親がいなくても不自然とは思わせなかった。では、やはり私の邪推なのだろうか?

 原作にほぼ忠実な映画化と言ってもいいこの作品で、登場人物の性格づけに大きな変更点があった。それがアンヘラの父親だ。原作では仕事に励みすぎ、視力を失った彫金師という設定で、「頼りない表情」を見せたりする。映画で紹介される娘姉妹の喧嘩を一喝するエピソードはない。人柄を形容する記述がほとんどなく、科白もない。つまり端役以下の扱いで、映画で見せる父権を振りかざす独裁者といったイメージとは、およそかけ離れている。やはり脚本の段階で、アンヘラの父親に確固たるキャラクターを与え(それも目立ちすぎないよう細心の注意を払い)、大きな任務を課したと思わざるを得ない。

 婚前交渉が御法度とされる村で、近親相姦があった。こんな原則的なタブーが許されるわけがない。「相手は誰だ」と詰問されたアンヘラは永遠に口を閉ざすか、話をでっち上げるかのどちらかの選択しかなかった。アンヘラが選んだのがたまたま後者だったということだ。アンヘラは何故サンティアゴの名前を出したのか。私はこれにも当たりをつけているが、それはまた別の話だ。

 監督のロージーは映画の途中から父親の影を排した。あとは美しい風景と、雰囲気にピッタリ合った音楽、予告殺人という非日常性をカーテンにして、父親など最初からいなかったように錯覚させること、それがロージーの仕掛けた罠だったのだ。

(評価:★5)

投票

このコメントを気に入った人達 (3 人)ジャイアント白田 torinoshield[*] tredair[*]

コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。