[コメント] ブッチャー・ボーイ(1997/米=アイルランド)
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ブッチャー・ボーイってそのままやん、と軽い突っ込みを入れる僕の顔も半笑いになってしまうほど個人的には好き。自分が嫌われていることを疑うことすらしない厚顔無恥な暴力少年がダブリン(だったかな?)所狭しと活躍するんだけど、はっきり言って子供心にはかなり傷つくような家庭の事情や友人間の出来事とかテンコ盛で、純文学的に自然主義に則って処理されると、日本人(特に中高年向け)受けする一編のお涙頂戴にすら堕しかねない素材が、神話と妖精の国アイルランド的マジックというか、いびつなセルティック・マジック・リアリズムとも言うべきニール・ジョーダンの視線(比喩的には網膜かな?)という特有の濾過紙による濾過を経て残酷と諧謔が綯い合わされた秀作と結実した模様。
諧謔といっても別にたいして(というか全然と断言しても失礼ではないだろう。笑えなくても“面白い”ことは多々あるから)笑えないのだが、それでも現実を凸レンズ越しに観察するというか、生活のある細部や性格のある特徴などの、物語にメリハリをつけ作者の創造性を際立たせるために精選され(ていると単純に思いたい)た部分部分が他のリアリズムに近い処理によって冷遇されている部分との違和感を感じさせないほど巧みに歪められて戯画化されており、独自の世界を構築することに長けたニール・ジョーダンの面目躍如というか、彼の作風が好きに人はある意味たまらない作品になっていると思う。
ただ家庭の不幸と友情の破綻を経て、宗教的直感に優れた暴力的傾向のある少年の自意識が留まるところなく自己肥大化していくとともに被害妄想癖も亢進していき悪循環に悪循環を重ねた挙句、クライマックスに至る非常に残酷だけどある意味今の日本の現状からだと同時性すら感じられる物語としても楽しめる。だが、アイルランドとイギリスの政治宗教絡みの軋轢を下敷きにするとニール・ジョーダンの政治観というか政治的立場すら穿ちすぎといえばそれまでだけど窺知できるような気もする。そんなことをしても物好き衒いに対する誹りを受けるだけだが。
この映画を観たのは二ヶ月以上前なので細部を忘れ去ってしまっているのだが。ブッチャー・ボーイことフランシーが自分の生活の歯車が狂い始めた原因を外部に求め始め、ちょうどその偏執狂的なお眼鏡に叶った原因に合致する“侵入者”であるイギリス帰りの母子に謂れのない憎悪を燃やし始める。内的に息詰まって逼迫状態に陥った者が外部に打開策を見出したり、外部にはけ口を求めるのは歴史的に観ても政治の常だし、それは市民社会の個々人のレベルについても同様のことがいえるのだろう。さてこの憐れな母子はイギリス人ではなかったと思うのだが、確かイギリスから戻ってきたか何かで“イギリス風を吹かせた”あるいは“イギリス風に気取った”ちょっとお高くとまったところがあって厭味な嫌いはあるもののどこにでもいそうな感じの、いたって平凡な中流意識に満足できずに強い上昇志向を持ち合わせた母親とその母親の分不相応な気取りのアクセサリーたる運命を受忍し優等生たることで危ういアイデンティティを維持している気弱な少年の母子にすぎず、そもそもフランシーの生活を狂わす必然性は皆無なのだ。ところがフランシーはその弱年にして無情なヤクザの因縁により遥かに向こう見ずな言いがかりを母子につけ好き勝手した挙句、母親を惨殺してしまう。
北アイルランド紛争のことは寡聞にしてよくしらない。だがIRAのテロリズムの対象はイギリス人そのものだけでなく、北アイルランドの英国かぶれ(国教会に改宗した)したアイルランド人なども含まれるのだろうか? アイルランドでの極貧市民が自らの窮状の原因を歴史的な侵略及びその影響も含めてイギリス的な外部に求めテロルに走ることはままあることなのだろうと映画から推察できる。ただこの映画では、イギリスの侵略から現在にいたる植民地主義の残滓やそれに基づく根強くはびこっているアイルランド人に対する優越感や差別が実際に存在はしても逼迫した現状の決定的要因とは見てないし、往々にして出口のない逼迫した状況に陥っても自ら努力して改善しようともせずひたすらパラノイア的に外部に責任転嫁するだけで自らは(酒びたりやカトリックへの狂信による)堕落の一途をたどるアイルランド人に対する痛烈な批判になっている。フランシーが発する不快感はそのままテロリズムに走る一部のアイルランド人及び彼らを支持する多くのアイルランド人たちが発している不快感と同質のものなのだろう。
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