[コメント] 風立ちぬ(2013/日)
久石譲の音楽はこの映画に限らず、ジブリ作品にとってなくてはならないものだ。 この映画でも楽器を変えて何度も挿入されるテーマ曲がなんとも素晴らしい。このメロディを聴くだけで、記憶が鮮やかに蘇る。これは何事にも代えがたいものだろう。
また荒井由実の「ひこうき雲」も映画のシナリオを見てから曲を作成したのではないかと思わせるくらい映画に合っている。実際は荒井由実のデビューアルバムに収録されていた曲というのだから、それを起用できる裾の広さには恐れ入る。このあたりのセンスは毎回良い。
映画という枠組みの中で音楽の重要さはどの映画でも同じだが、アニメという枠組みの中では声も同じように重要。既に知れ渡っている通り、ジブリはプロの声優を重要な人物には起用しない。今回は庵野秀明が主役の声を務めた。 脇には瀧本美織や西島秀俊や西村雅彦らそうそうたるメンバー。この中で庵野秀明を抜擢したのは、その「素人っぽさ」が良かったのだという。 だが映画を見てわかるように、あまりにも周りが上手いせいか、あるいは庵野秀明が素人すぎたか、主人公の声だけが異常に浮いている。いや、確かに主人公の役柄や人柄を見ると「素人っぽさ」がと言いたくなるのはよくわかるが、これはちょっと度を超えていた。
夏休みという公開時期、ジブリのしかも宮崎駿監督の作品であるということで多くの子どもが鑑賞するのは目に見えているが、この映画はその子どもの興味を引くものは残念ながらない。それは作品時代が古いからとか、対象年齢が高く大人の社会の話だからというものではなく、単にこの作品が何を言おうとしているかわからないからだ。
「生きねば」。
このキャッチフレーズを聞いた時、関東大震災やその後の戦時中の不況の時代背景から、現代の東日本大震災とその前後の不況の日本をダブらせるのだと考えていた。そしてその中で懸命に生きる人々、様々もの(それは恋人や飛行機などだろうが)に触発されながら必死に生き抜こうとする姿。また堀越二郎という自伝的映画というのだから、零戦を設計した葛藤などもあるのかもしれないと思っていた。そんな映画だと。
宮崎駿監督自身が、自身が作る映画はその時代に訴えかけるものを含んでいる。そんなようなことを言っている。なるほど、『もののけ姫』や『風の谷のナウシカ』などは確かに時代背景を考えると確かにそうかもしれない。特に私自身が多感な時期に発表された『もののけ姫』なんかは鮮明なメッセージだった。
この映画はまるで違った。ほとんど正反対。 観客が想像をしているような映画でなかったことはもちろん悪いことではないが、この映画の場合は、それを感じたのは妻・菜穂子だけだった。 キャッチフレーズと結びつける必要はないが、映画を見ても何が言いたいのかわからない。子どもに見せてもきっと何も感じない。それは話が面白いからではなく、この作品に人を突き動かすパワーがないからだ。それは大人が見ても同じだろう。
ジブリの、特に宮崎駿監督の映画にはとにかく人物に息が吹きまれている。 それは宮崎吾朗監督の『コクリコ坂から』の出だしを見れば一目瞭然である。また人々や飛行機の中にある空気感も絶妙。そのあたりの技術的なところを楽しむだけの映画になってしまったのは残念でならない。
批評とは趣旨が異なるが、そもそもは高畑勲監督の『かぐや姫』と同時上映だったという。『かぐや姫』の製作が遅れたからというが、間に合っていたらどうなっていたのだろう。この映画は126分。もしかすると蛇足のシーンがたくさんあるのでは?と勘ぐってしまう。
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