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[コメント] クレイジー・ハート(2009/米)

ハリウッドで大流行中のジャンルムービー、それは“O・YA・JI”!
田邉 晴彦

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







若いころはバリバリ仕事に打ち込んで無茶をして、酒とたばことセックスに溺れて大切な人を傷つけて、いま俺ら気づいたよ、世間から見ればもう立派なO・YA・JI!

というわけで、最近のハリウッドで大流行中のジャンルムービー、それが“O・YA・JI”である。このジャンルからは大収穫祭が続いており、傑作名作の枚挙に暇がない。私的なチョイスを挙げさせてもらえば、ここ2〜3年だけでも『レスラー』『ロッキー ザ・ファイナル』『マイレージ・マイライフ』といった具合に、マイフェイバリット百選にすら入れたい映画目白押し。間違いない、“O・YA・JI”はいま、ハリウッドを席巻しつつある一大ムーヴメントである。そして、28歳という「加齢臭さんこんにちは」な年代を迎えた自分個人としても、このジャンルの鑑賞は、今後の映画体験において欠かせないライフワークなのである。

さて、“O・YA・JI”には幾つかの法則があるのだが、それを大別すると下記の3点に集約される。

1.仕事以外に趣味がない、もしくは興味がない。 2.嫁(家族)がいない、もしくは一緒に暮らしていない。 3.(世間一般でいうところの)大人になれない

という、正に「ナイナイナイ〜♪」なおじさんたちを主人公に据えたヒューマンドラマ。それが“O・YA・JI”

本作のストーリーを見てみよう。かつては「バッドボーイズ」のメインボーカルとしてヒットを飛ばし栄光を欲しいままにしたものの、今じゃ場末のバー(ないしボーリング場)をオンボロ車で訪ね、かつてのヒット曲を細々と歌う毎日。新曲を作る気力も体力もなく、ただただかつての杵柄でしのぐステージ。満足に歌えないこともままあり、眩しいスポットライトも万雷の拍手も遠のくだけ。焦燥をいただくには年を取り過ぎたし、終末を描くにはまだ若すぎる。寄り添う家族はいないし、たまに寝るのは胸元あけた賞味期限切れのババア。ライク・ア・ローリングストーン。人生という名の長い坂をゆっくりと転がり落ちていく。

そんな毎日に差し込んだ一筋の光、シングルマザーであるジーンとの出会い。 (マギー・ギレンホールの絶妙な「くたびれ具合」!最高!)

ジーンとその息子バディと過ごす日々。自分の中にかすかに眠っていた父性を感じ、それは自分が諦めていた家族への憧憬を掻き立てる。この人たちとともに生きていこう!そう心に決めた矢先、ある事件が起きて…結局、ジーンもバディも失った。それでも彼の手元に残ったもの…それは「カントリーミュージック」だった。すべての想いを託し、彼はギターを手にとり、新曲の制作にとりかかるのだった。

いかがだろうか?本作のジェフ・ブリッジズもまさしく、ハリウッドトレンディ=“O・YA・JI”を踏襲しているではないか!このプロットだけで号泣確定、もう★4はかたい!やっほー!

…しかし!…である。本作は正直、★3。それはなぜか。

この“O・YA・JI”というジャンルムービーに必要なスパイスが、本作には致命的に欠けている。それは、「人生崖っぷち」の状態から生まれる「俺にはこれしかできねえんだよ!」感とでも言おうか。一言で「切迫感」といってもよかろう。

レスラー』のミッキー・ロークを見てほしい。スーパーのお惣菜コーナーでアルバイトしている彼のしおらしさよ!絶対向いてない、一発でわかる。こいつにはレスリングしかない。日常生活の中では曇る目線も、リングにあがるその瞬間光が宿る。彼にレスリングをやらせてやってくれー頼む!と思えてくる。

ロッキーザ・ファイナル』のスタローンだってそうだ。かつては栄光を極めて、今のレストラン経営だって順調にいってる。それでも、家族との間には深い溝があり、彼にとって孤独な魂の持っていき場はボクシングしかないのだ。

マイレージマイライフ』のジョージ・クルーニーは、仕事一辺倒だった自分の生き方を捨ててまで愛に生きようとした。その直後に梯子を外されるという苦い体験をするものの、そうだ、やっぱり俺がやるべきは仕事だ!って考え直すそのシーンがあまりに潔い決意に満ちていて、不幸と言えなくもない結末でも前向きなラストに思えてくる。

それに対して、本作でのジェフ・ブリッジズは、何というか、「ミュージシャン」という自分の生きざま・仕事でしか救われない男にあまり見えない。音楽は生活の糧、他人とのかかわりの手段である、と作中で実際に言いきっており、また、事実そのようにも見える。終始、自分の音楽性や作品の質についての言及が少なく、ひたすらギャラとアルバム製作費のことばかり考えている。また自分の自堕落さのために時には他人からの愛を失うが、それでもバーのマスターやかつてのサポートメンバーなど、彼に変わらぬ信頼を寄せる仲間はたくさんいるわけで。

はっきり言って、彼が「歌うことしかできねえんだよ!」という切迫感がいまいち伝わってこない。だから、彼が新曲にとりかかる過程がビジネスライクな背景を帯びているようにしか見えず、それ故「名曲が生まれました」と言われても、ちょっと鼻じらんでしまう。

ジェフ・ブリッジズの演技、キャラクターを画面の端におく撮影演出、カントリーを中心としたハートフルな音楽、何より“O・YA・JI”というジャンルムービーへの挑戦。全体としては非常に好ましい映画なのだが、上記の点でいま一歩という感想である。惜しい!

(評価:★3)

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