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[コメント] 魍魎の匣(2007/日)

歪にこんがらがった複雑怪奇なプロットは置いといて、舞台となった1950年代という戦後の風合いを見事に完璧なまでに描ききっているとおもう!
ishou

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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 言い訳と御託をただひたすら羅列したような物語構造は、ある意味ではどうでもよかった。1952年という終戦7年後の世界のなかにちりばめられた小さな物語のひとつひとつに魅了されてしまった。小説でいえば文体の魅力、いいかえれば箱の中身ではなく箱じたいの作りがじつに美しく映ったのだ。

 たとえば田中麗奈演ずる中禅寺敦子の造形が見事だ。男だらけの出版業界にもまれる女記者。若手として理想に燃える彼女は野心まるみえだ。出版社が事件のぶたいとなれば「言論弾圧」と憤り「共闘」などと大仰にうなってみたりする。そんな彼女の服装はさながら“男装”であり、けっして色気のあるものは着ていなく、帽子をかぶったりすこし探偵風でもある。功名をえるため御筥総本山に乗りこめば大立ち回り。急におとなしくなったと思えば怪訝な表情でななめから寺田の舞踏を見つめている。個人的にはこのショットがもっともツボにきた。あとから、彼女はこのとき呪文と舞踏を諳んじていたということがわかる。田中麗奈の技量も含めて演出としてパーフェクトであり、こんな麗しいキャラはそうそう見れたもんじゃない。

 それと、この時代の雰囲気が魅力たっぷりに撮れていたとおもう。ハイセンスな洋館をなめるような偏執的なパンがあったり、キャラクターは豊富だし、都会化されていない日本というものが特徴的に映し出されている。たとえば、みなが直情的で事件をきくと大量の野次馬群衆ができあがる。映画館ではクライマックスで「よっ、待ってました」なんて掛け声をだして観客同士でもりあがったり。人と人との距離の近さが印象的で、たとえば編集者が作家の家に無断で「3時間」あがりこんだりしていてそのことについてもフランクな会話をかわせるし、悲観にふせっている女学生の靴紐を結んで、さりげなく励ましお礼をいわれるような関係が即座にできあがる。本筋とは関係のないところに意匠がこらされており、その一つ一つが愛おしくおもえた。

 そういえば関口の作品を久保が賞して「文体が最後に破綻する」というままに、前半は綺麗な絵がめだったが、後半はぼろぼろと(意図的に)絵が崩れているようなイメージで、まさに「不条理小説」のような映像作品だった。京極堂が鎖にしがみつく宙ぶらりん状態のカットがあったように、あるよあるよと宣言していたオチはついたのか、つかなかったのかわからない中途半端な幕切れはそれなりにカオスな趣きをみせていたとおもう。ただし、なかみは過去の因縁と抑圧された男女の痴話というよくあるストーリーが組みあわさっているだけであり、話としてはとくに気のきいたものではない。

(評価:★5)

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このコメントを気に入った人達 (1 人)おーい粗茶[*]

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