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[コメント] ダウン・イン・ザ・バレー(2005/米)

この哀れなカウボーイのために、せめてひとこと言ってやりたい。Isn't he a bit like you and me?
ぐるぐる

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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Take your time, Don't hurry, Leave it all till somebody else lend you a hand!

観ていて、思わずそう語りかけたくなるような Nowhere Man のお話。でも、この「ひとりぼっちのあいつ」は孤独に耐えられず、待ちきれず、自分から動こうとして、破滅してしまう。

鈍感で横暴で粗雑な「人間とは思えない人たち」が、自分を失い、殻にこもって生きている「いつわりの街」=the Valley。少なくともこのカウボーイには、そう見える。そこでいくら一生懸命に「世間」に溶け込もうと努力しても、彼の持つ純粋さ・繊細さ・知性・善意は、誤解され、拒絶され、疎外され、いつしか狂気へと追い込まれて自滅していく。

「彼女の弟」なんて往々にして邪魔にされる存在でしかないだろうに、母親のいない家庭で、いつも子ども扱いをされて不安な孤独の中にいるロニーに対して、このカウボーイは家族の誰よりももっと真摯に向き合い、生きて行く勇気を与えようとする。家族がロニーに対して愛情がないわけではない。愛情はあったとしても、気持ちだけでなく、時間をかけて、もっと真剣に腹を据えて向かい合わないと見えてこない真実がある、ということなのだろう。

それは、「世間」のこのカウボーイ自身に対する態度でも同じことだ。もう少し彼女の父親が理解を示してやれば、もう少し隣人が共感を持っていれば、そう、信号待ちのクルマから出てきて彼をハグするブラザーのように。人々が信じさえすれば救世主になるものが、不信によって血にまみれる。これもまた現代のキリストの物語だ。

エドワード・ノートンのリアルな演技は、この時代遅れで場違いなカウボーイを、決して笑い者の道化にはしないし、お涙頂戴の悲劇のヒーローにもしない。つまり、観客に単純な感情移入を許さず、実際に「こいつマジヤバス」的な退いちゃう感覚を存分に味あわせてくれるところで、この作品の深みがうまれている。観ている我々自身が、「人間に対して、もっと真剣に向かい合わなくていいのか?」という問いを自分のものとして突きつけられることになるからだ。

このなんともいたたまれない話を、愛情を持った落ち着いた眼差しで見つめた監督は、エバン・レイチェル・ウッドの「時分の花」を見事に切り取った美しいショットや、ジェット機、クルマ、銃、馬などをキーにした忘れがたい印象的なショットをモノにしていて、映画的な感興が物語を穏やかに包み込む。ただし、物語としての原型のひとつとも思われる『シベールの日曜日』の詩情はないかもしれないが。

こうした、決して観客を煽らない、じわじわとしたソフトフォーカスの奥床しい語り口によって、あるいは、はっきりとオマージュを捧げているシーンがある『タクシー・ドライバー』と同様にキリスト教を下敷きにしている物語であることなどからも、特に日本では理解されにくいかもしれない作品だけれど、個人的には印象的で味わい深く忘れがたい佳作と感じられた。作品の出来としては★4つくらいが妥当かもしれないけど、思いがけない拾い物感とあまりの評判の悪さに、ついつい判官びいきで+1★

(評価:★5)

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